トイレの神様

「クソ! なんで俺がこんな田舎に飛ばされなきゃならねーだよ!」


 俺は仕事でつまらない失敗をしたせいで、田舎へと左遷されてしまった。営業が俺の仕事だが、こんな人の少ない田舎ではやりようがない。毎日こうしてタバコをふかしながら公園でサボって過ごしている。


「う、なんだか腹が痛くなってきた。トイレはどこだ?」


 俺は公園の隅に古い公衆便所を見つけ、急いでそこに入った。


「なんだよ。この古臭い便器は」


 個室にあったのは昔ながらの和式便器で、しかも水洗トイレでなく汲み取り式の便所。そういえばこの辺りには下水道が通っていないのだった。とんでもないド田舎だ。


「クソ、今に見てろ。必ずこんなド田舎から脱出してやる」


 そんな独り言を言いながら、俺は用を足して、ついでに吸ったタバコの吸い殻も便器の中に捨ててしまった。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「おい! 誰だここにゴミを捨てたやつは!」


 周りを見渡したが誰もいない。


「だ、誰だ! どこにいるんだ!」


「ここだ! お前の下だ!」


 俺が下を向くと、和式便器の中から男の頭が出てきた。俺は驚いて便器から離れる。やがて男は和式便器から這い出て、全身の姿を現す。

筋肉質で背の高い大男だった。


「だ、誰だよアンタ!」


 俺が聞くと男は俺を睨んで言う。


「私はトイレの神だ。お前さっきゴミを便器に捨てやがったな? そんなやつは断じて許さん! お前に罰を与えるために、こうして出てきたのだ!」


 そういえばトイレには神様がいるとか、子どもの頃聞いたことがあるような。とりあえず普通の人間が便器から出てくるなんてあり得ないので、この男は本当にトイレの神様のようだ。


「ゆ、許してください! もうしませんから!」


 俺は必死に謝罪したが、神様は首を振る。


「いや、そう簡単には許さん! お前トイレにゴミを捨てるのがどういう事かわかっているのか? トイレにゴミを捨てられると、トイレの神はそのゴミを身体で受け止めねばならん。つまりトイレにゴミを捨てる事は神に向かってゴミを投げ捨てるのと同じ事だ!」


「す、すみません」


「後お前はよりによってまだ火のついたタバコの吸い殻を捨てやがったな! こういう汲み取り式便所ではガスが溜まっていることがあるから、下手したら大爆発が起こる可能性もあったんだぞ! 気をつけろ!」


「本当にすみません」


「大体最近の人間は物を大切にしない。トイレだろうがなんだろうが身近にあるものは大事にして、感謝の心を持って……」


 トイレの神様の怒りは凄まじく、なかなか説教は終わりそうになかった。その内、神様は嘆きはじめた。


「はぁ、私はいつまでこんなことをやっているんだ。毎日毎日人間の糞と尿にまみれて、こんな汚らしい便所なんかで暮らさなきゃならない。早く元に戻りたい」


 神様の嘆きを聞いて、俺はある疑問が浮かんだので質問してみた。


「あの『戻りたい』ってどういうことですか?」


「ああ、私は今はトイレの神様なんてやっているが元は天界……まあいわゆる神の国のような所でそれなりに格の高い神として働いていたんだよ。しかし、あることがきっかけでトイレの神様に降格してしまってな……」


「天界で一体どんな悪いことをしてしまったんですか?」


 俺が聞くと、トイレの神様は声を荒げて怒った。


「そんなに悪いことなんてしてないぞ! ただ天界の公衆トイレの便器にタバコの吸い殻を捨ててしまっただけだ! たかがそれだけのことでトレイの神様に降格だなんておかしいと思わないか?」

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