嘘をつくのが苦手

 同じ会社で働いている後輩のある女性社員は嘘をつくのが下手くそだ。


 ある時は休憩時間中に「英語を話せるかどうか」という話になった時があった。


「わ、私英語ペラペラですよ!」


 彼女は目を泳がせながらそんな事を言ったので俺が「嘘でしょ」とツッコんだ。


「すみません。本当は『Hello』しか話せません……」


 彼女はそう言って即座に観念した。



 またある年のクリスマスに「恋人はいるのかどうか」という話題になった時。


「わ、私にも彼氏がいたんですよ! 今まで100人の人と付き合いました!」


 彼女はそんなことを言い出したが、目が泳いでいたので俺が「嘘でしょ」と看破した。


「……すみません、本当は今まで恋人がいたことなんてありません」


 泣きそうな顔ですぐに謝ってきた。


 どうせバレる嘘ならつかないほうがいいのに。それもこんなくだらないことで。でも普段は真面目に仕事をしているし「嘘をついても丸わかり」という不器用なところも含めて俺は嫌いじゃなかったし、他の社員からも好かれてはいた。


 彼女が入社して5年ほど経ったある日、彼女の様子がおかしくなった。


 仕事中に考え事をすることが増え、声をかけても返事をしなかったり、急に悲しい顔をしてため息をついたりするようになった。心配になった俺は彼女に質問する。


「何か悩み事でもあるの?」


「い、いえ! なんでもありません!」


 彼女の目は泳いでいた。やはり彼女は嘘をつくのが苦手らしい。その日の夜、彼女を誘って居酒屋に行って、それとなく聞いてみると、彼女は本当のことを話してくれた。


「実は実家のお父さんが経営している工場の経営が悪化していて……それでも必死に頑張ってたんですけど今度は働きすぎてお母さんが倒れちゃって……もうどうしたらいいかわからなくて……」


 彼女は泣きながらそんなことを言った。もちろん目は泳いでいない。


「200万円有ればなんとか今月は乗り切れるらしいんです。でも色々お金をかき集めてもせいぜい100万円くらいにしかならなくて……あと100万円どうしよう……お父さんは『今月さえ乗り切ったら来月あてがある』って言ってたんですが……」


 俺はしばらく考えてから彼女に言う。


「よし、俺が100万円貸そう!」


 俺の言葉に彼女は驚く。


「え? そ、そんなことをしてもらうわけには……」


「いいんだよ。100万円くらい後輩のためなら。返すのはいつでもいいから」


「い、いえ! そこまでしてもらうわけにはいきません!」


 そう言ったやりとりがしばらく続いたが、結局彼女は100万円を受け取ってくれることになり、俺は次の日100万円を彼女の口座へ送金した。彼女は「これでなんとかなりそうです。ありがとうございます」と何度もお礼を言った。



 しかし、俺が彼女に金を貸してから1週間後、彼女は会社を無断で欠勤した。電話をかけても繋がらないという。


 勤務時間が終わってから彼女が住んでいるアパートに俺と上司の課長と2人で行ってみた。しかし玄関のドアをノックしてもインターホンを押しても誰も出てこない。それどころか人の気配が全くしない。


「あの、その部屋にはもう誰も住んでませんよ」


 そう話してきたのはアパートの大家だった。話を聞いてみると昨日この部屋を退去したらしい。俺は青ざめる。


「まさか夜逃げしたのか? やっぱりあの100万円だけではダメだったのか……」


 俺の言葉を聞いて、課長が驚く。


「何! まさか君も彼女に金を貸していたのか?」


 課長の言葉に俺も驚く。


「『君も』って課長も貸してたんですか?」


「ああ、彼女の実家の工場が潰れかけていると言っていたから貸したんだ」


「ど、どういうことだ」


 次の日、会社で他の社員に話を聞くと、彼女に金を貸した社員がかなりの数いた。金額はそれぞれ違ったが、合計すると2000万円以上にもなった。


 ここまできて、俺は彼女に金を騙し取られたことを知ったわけだが、それでもまだ納得できないでいた。


「彼女があんな嘘をつくなんて信じられない。だってあんなに真剣な目をしていたし、そもそも彼女は嘘をつくのが苦手……」


 そこまで言って俺はやっと気がついた。


 嘘をつくのが苦手、ということ自体が大嘘であったということを。

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