地縛霊
俺は先ほど事故にあって死んでしまった。しかし、何故か意識はあり、空中にぷかぷかと浮かんでいる。つまり幽霊になってしまったらしい。
物に触れようとしてもすり抜けてしまうし、人にも見えないようだし話しかけても聞こえていないようだ。幽霊になるとはこういうことなのだな。
「これからどうしよう」
そう思っていると空に大きな門のようなものが見えた。どうやらあそこがあの世への入り口らしい。なぜそれが分かったのかというと「あの世」と書かれた看板が近くにあったから。親切なものだ。
しかし、すぐにあの世に行くのも面白くないので、幽霊の姿で最後の現世を見て回ることにした。
まず、自分自身の葬式を見物した。それなりに知り合いが来ていて、悲しんでいたのでまあうれしかった。
次に昔住んでいた町や通っていた学校などにも行ってみた。幽霊の姿ならかなりの速さで飛べるので、どんなに遠くてもそんなに時間をかけずにたどり着くことができる。
ついでに、見ようと思ってついに見れなかった新作映画も見ておくことにした。幽霊なので映画館にタダで入ることができるしちょうどいい。しかし、驚いたことに映画館には、俺の他にも映画を見ている幽霊が結構いた。みんな同じようなことを考えるんだな。
そろそろあの世に行こうとも思ったが、最後にあることをしようと思って、私は空を飛んでとある女子大の寮へと向かった。寮の女湯を覗くためだ。幽霊なら誰にも見つかることなく女湯を覗ける。これこそ男のロマンだ。
しかし、寮に着いた俺は驚いた。女子寮の周りには男の幽霊が大勢いたのだ。その数は映画をタダ見していた幽霊の数とは比較にもならない。俺は幽霊の一人に話しかけてみた。
「すみません。この人だかりっていったい何なんですか?」
男の幽霊の一人がめんどくさそうに振り返り答える。
「そんなもん女湯を覗くために決まってるだろ! お前さんは違うのかい?」
「い、いえ。違いませんけど……」
「だったら後ろに並んでろ! 向こうが最後尾だからな」
彼が指さしたほうにはこれまた無数の幽霊たちが長蛇の列を形成していた。しぶしぶ俺はその最後尾に並び、前の幽霊に挨拶する。
「どうも失礼します。すごい行列ですけどどのくらい待てばいいんですかね?」
前方の幽霊は首をかしげて答える。
「さぁ? いつになるだろうね。俺はここに一か月は並んでいるけど列はほとんど動かないね」
「え、一か月も?」
「俺の後ろに並んでいたやつも何人かいたんだけど、そいつらはもうあきらめてどっかいっちゃったよ。俺もどうしようか迷ってるんだ」
「はぁ……」
時間に制約されない幽霊だから、先頭の奴らはいつまでも居座っているらしい。困ったもんだ。俺がため息をつくと、さらに前方から別の幽霊たちの声がした。
「おーい! 先頭の奴らいつまで覗いてんだ! 俺はもう5年待ってるんだぞ!」
「こっちは7年だ!」
「俺は10年!」
俺はさらにため息をつく。いったいいつになったら女湯を覗けるのか。もうあきらめようかとも思ったが、ここで諦めたら死ぬに死ねない気がする。あの世に行くのは後回しだ。
こうして俺は他の幽霊たちと共に女子大寮に居座る地縛霊と化してしまった。しかも、この世に残している未練が「女湯を覗きたい」だなんて、こんな情けない地縛霊は聞いたことがない。
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