長寿の秘訣

 今年で150歳になるというお爺さんがテレビの取材を受けることになった。彼の1日に密着し、長寿の秘訣を探ろうという企画だ。


 当日、テレビ局のスタッフは朝4時にお爺さんの家に着いた。事前に彼と連絡を取ったところ、いつもこの時間に起きるのだそうだ。家の玄関には既にジャージを着たお爺さんが待機していた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「ははは、こんな爺さんの1日の取材が面白いかどうかは知らんがよろしく頼むよ」


 スタッフが挨拶するとお爺さんは元気よく返した。スタッフが改めてお爺さんの姿を見てみると、とても150歳とは思えない。腰も曲がってないし、頭もはっきりしているようだ。普通の人なら100歳を超えたら寝たきりになったり、ボケたりするものだが。


「では、早速出かけるか」


「どちらに行かれるのですか?」


「日課のランニングだよ。これのおかげでわしは今でも健康なんだ。長寿の秘訣さ」


 そう言ってお爺さんは走り出した。カメラが追いかけるが意外と速い。ランニングが終わる頃にはお爺さんではなくスタッフの息が切れていた。


 ランニングが終わり、家に帰ると今度は庭で体操を始めた。


「この日課も長寿の秘訣だ」


 それが終わると朝食だが、なんとも奇妙なものを飲んでいた。


 それは野菜と果物各種に生卵と豆乳、さらにヨーグルトと納豆とワカメ等様々な食材をミキサーに入れて作った特製ドリンクだった。


「定年退職した年からこれを1日3回ずっと飲んでいるよ。これも長寿の秘訣だ」


 試しにそのドリンクを分けてもらって飲んでみたスタッフがいたが、あまりの不味さに吐きそうになっていた。お爺さんはそれを見て笑う。


「あはは、美味いもんじゃ無いよ。でも健康のためなら仕方ないさ」


 その後、お爺さんは散歩に出かけ数時間街を歩いた。散歩の後は昼食で例の特製ドリンクを飲み、その後30分ほど昼寝し、起きたら腕立て伏せや腹筋と言ったトレーニングを始めた。


「トレーニングもずっと続けている。1日でも休むと衰える気がしてずっと休まずやってる。これも長寿の秘訣だ」


 そうこうしているうちに夕方になり、夕食で例のドリンクを飲む。


「この後はどうなさるんですか?」


 夕食中のお爺さんにスタッフが聞く。


「いや、もうどうもしないよ。後は風呂に入って寝るだけさ。早寝早起きも長寿の秘訣なんだ」


 どうやらこれでお爺さんの1日は終わりらしかった。


「お酒とかは飲まれないんですか? タバコとかは……」


 スタッフの質問にお爺さんは首を振る。


「全くやらないよ。タバコが体に悪いのは当然だし『酒は百薬の長』なんて言う人もいるか飲まない方がいい」


 スタッフはお爺さんの徹底ぶりに感心した。


「今日はありがとうございました。ではまた……」


「ああ、お疲れさん」


 スタッフ達は去っていった。



 翌日、お爺さんは4時に起きてランニングをして、体操の後例の特製ドリンクを飲んだ。そして1人呟く。


「はぁ、不味いなぁ。なんでこんなに不味いドリンクを毎日飲まにゃならんのだ。たまには寿司とかラーメンとか普通の美味しいものを食べたいな……いかんいかん、久しぶりに食いたくなってしまった、忘れよう。それにしても、定年退職した頃に健康のためと思って、身体に良さそうな材料を適当にぶち込んだドリンクを飲み始めたのがきっかけだが、不思議と調子が良くなって飲み続けることになってしまった。このドリンクのどの材料が作用して、身体の調子を良くしているのかは分からないから、今更味の改良することもできない。材料を足したり抜いたりしたら、効能が変わってしまうかもしれない。だから不味いこのドリンクを飲み続けなければならないんだ……」


 お爺さんはため息をつきながら独り言を続ける。


「ランニングや体操にしたってそうだ。朝4時に毎日起きるなんていい加減やめたい。しかし、もしこれのお陰で生きながらえているのかもしれない、と考えるとやめられない。しかし、これ以上長生きすることに意味があるのだろうか。美味しいものも食べられるないし、酒も飲めない。第一長生きしすぎたせいで妻も子どもも孫も友達も、みんな私より先に死んでしまった」


 お爺さんはさらに嘆く。


「しかし、この生活をやめることはできない。理由は死ぬのが怖いからだ。まさか150歳を超えて、死ぬのが怖いと思うなんて思わなかった。でも怖いものは怖い。そういえば昨日の取材、アレがTVで放送されるのだとしたら、わしの真似をする人の1人や2人いるかもしれない……いるといいな。そんな人がいれば私の苦しみを理解してくれて、良い友達になれそうなんだが……」

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