口裂け女
俺が夜道を歩いていると、前方からマスクをした髪の長い女性が声をかけてきた。
「私、綺麗?」
その言葉に俺はぞっとした。この展開は怪談でよくある口裂け女の話にそっくりだ。
「は、はい」
俺は一応はいと言った。しかし問題はこれから。
よく言われている口裂け女の話では、この後で女はマスクを外して、口の裂けた恐ろしい顔を晒し「これでも綺麗?」と聞いてくるのだ。そうなったら「はい」でも「いいえ」でも口裂け女は納得せず、殺されてしまう。
確か口裂け女を撃退するための呪文があったような気がするが、子どもの頃に噂で聞いただけなので忘れてしまった。
そんなことを考えていると、女はおもむろにマスクを取り始めた。やっぱりこの女は口裂け女なのだろうか。そして、マスクを取った女はまた質問をしてきた。
「これでも綺麗?」
女の素顔を見て、俺は驚いた。女の正体が口裂け女、だったからでは無い。女の口は普通の口だった。
問題はそれ以外の部分だ。女の素顔は、ただ単純に恐ろしいほど不細工だったのだ。細い目にシミだらけの肌、鼻の穴からは鼻毛が飛び出ている。よくみるとだいぶ太っているし、長い髪の毛もあまり手入れしていないのかボサボサだ。皮肉なことに普通な部分口だけしか無い。口裂け女の反対のような女だった。
とは言え少なくともこの女は口裂け女のような妖怪ではなさそうだ。だから俺はこの場を穏便に対処するために無難な返答をした。
「は、はい。き、綺麗ですよ」
心にも無いことを言ってしまったが、まさか「いいえ、不細工ですね」というわけにもいかない。適当に満足させて、さっさと退散しよう。
しかし、女は俺の言葉に非常に満足したようで、恐ろしいことを言い出した。
「嬉しいわ! そんなこと言ってくれたのはあなたが初めて! 結婚しましょう!」
とんでもない話に驚いた俺は、女を置いてその場から逃走した。
口裂け女かと思ったら、ただのやばい女だった。考えてみれば夜道で赤の他人に「私、綺麗?」などと声をかけてくる人間が正常なはずない。
その後も俺はたびたび、夜道でその女に追いかけられ、求婚されるようになってしまった。いくら追い払っても罵倒しても女は全く動じない。この女はまるで妖怪である。
いや、口裂け女なら呪文を唱えれば追い払えるらしいから、こいつは妖怪よりタチが悪い。霊能力者でもなんでもいいから、誰がこの女を何とかしてくれないだろうか?
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