皿屋敷
引っ越しをする予定の俺は、ある休日不動産屋を訪れた。
「とにかく安い物件はありませんか? 多少不便でもいいので」
安月給でケチな俺はそんなことを不動産屋に言った。
「安い物件ですか……と言っても流石にここは無いか……」
不動産屋が意味深な事を言ったので、俺は追求する。
「ここってどこですか? 安いならどんな所でも気にしないですよ」
「ここなんですが……」
不動産屋が取り出した資料に書かれていた物件は、意外にもアパートではなく一軒家だった。
「すごい! 駅から近いし、何より家賃がものすごく安いですね」
「まぁ、家賃は安いんですが……出るんですよ」
「出るって幽霊とかですか?」
「ええ、ここに住んだ人はみんな見たそうです。それでみんなすぐに出て行ってしまうんですよ」
幽霊か、それならこの家賃なのも分かる。しかし、幽霊が出るといってもこんなに安いし住んでみたい気持ちもある。
「一体どんな幽霊なんですか?」
「部屋にいるとどこからともなく幽霊の声がするそうです。『1枚……2枚……3枚……』という風に」
まるで番町皿屋敷の幽霊だ。
「それで何か幽霊に呪われたりとかは? 住人の身に不幸な事が起こったとかは?」
「そういう事は無かったみたいですが」
「なら平気ですよ。幽霊の声がするといってもそのうち慣れるだろうし。こんな安くていい物件は他にはありませんから」
俺はそこに住むことに決めた。
数週間後、俺は例の幽霊屋敷に引っ越した。駅の近くだけあって人が多く、スーパーや飲食店もいっぱいある賑やかなところだった。
家はまだ新しく、中も綺麗だった。幽霊が出るくらいだからもっとボロボロの家かと思ったら、意外とそうでも無い。そういえば不動産屋に見せてもらった資料に築年数が書いてあったが、結構最近建てられた家のようだ。まあ、悪いことでは無いけど。
荷物を運び終えた時にはもう夜になっていた。明日に備えて、俺は就寝した。
その夜、どこからともなく声が聞こえてきた。
「1枚……2枚……」
俺はその声で目を覚ました。例の幽霊の声だな。
「3枚……4枚……」
この皿を数える幽霊の怪談のオチは知っている。9枚を数えた後で「1枚足りな〜い!」とか言うんだった。オチを知っていれば別に怖くもなんとも無い。まあ今回は怪談じゃなくて本物だから怖いことは怖いけど。
「8枚……9枚……」
ほら次は「1枚足りな〜い!」って言うぞ。そう思っていたのに幽霊は意外なことを言った。
「10枚……11枚……」
あれ、まだ続くんだ。
「12枚……13枚……」
10枚を超えても幽霊の声はずっと続いていく。
そして1時間後。
「720枚……721枚……」
「一体いつまで数える気だ!」
俺は幽霊に怒鳴る。最早幽霊に対する恐怖など全く無かったが、変によく聞こえる声のせいで気になって全然眠れないからだ。
「722枚……723枚……」
幽霊は俺の怒鳴り声など気にせず数え続ける。
そして夜が明けてもまだ幽霊は皿を数えていた。
「4320枚……4321枚……」
「勘弁してくれ」
結局俺は一晩寝ることができなかった。
その後も幽霊の声は聞こえてきた。タチの悪いことに幽霊の声は不定期で、夜だけでなく朝でも昼でも突然聞こえて来ることがある。そして一度数える出すと平気で10時間以上はやるのだからもう気が狂いそうだ。俺は不動産屋に行って退去を告げた。
「そうですか、やはり退去しますか」
不動産屋はこうなることがわかっていたかのように納得していた。最後に俺は聞いてみる。
「そもそもあの幽霊はなんなんですか?」
「ああ、なんでもあの家が建つ前にあった24時間営業のファミレスで働いていた女性のアルバイトの霊らしいです。あの辺り駅前で学校とかも多いから繁盛してたんですが、人手が足りずにそのアルバイトの女性は過労死したらしいんです。なんでも皿洗い中に倒れて死んだとか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます