俺の人生は
俺の名前は底田粕夫(そこだかすお)。どこにでもいる普通の高校一年生、と言いたいところだが普通ではない。頭は悪いし、運動神経はゼロ、顔も不細工で彼女はもちろん友達もほとんどいない。普通よりもはるかに劣った、底辺にいる人間だ。
とは言え今のところ健康だし、クラスでも無視はされているがいじめられているわけでもないので、それなりに楽しく生きていたつもりだった。
ところが、俺の人生はあることがきっかけで大きく変わってしまった。
ある日の朝目が覚めると、俺は見知らぬ部屋にいた。違和感を感じつつも最初は寝ぼけているのかと思って、顔を洗うために洗面所に向かったが、家の間取りが違う。おかしいなと思いながらなんとか洗面所を見つけた俺だが、そこで俺は叫び声を上げてしまった。
鏡に映った俺の姿がいつもと全然違うのだ。いつもとは比べ物にならないほど顔が良くなっていて、背も伸びて筋肉もついているようだ。しかし、この顔見覚えがある。
「これはもしかして同じクラスの池谷か?」
そう、俺の姿はクラスメイトの池谷にそのものだった。池谷は俺とは正反対の人間で勉強も運動もでき、友達も多く女の子にもモテる。
「もしかして、俺と池谷が入れ替わってしまったのでは?」
俺はそういう仮説を立てた。俺が突然池谷の姿に変形したという可能性もあるが、それだと今見知らぬ家にいる理由を説明できない。きっとここは池谷の家なのだろう。その仮説を裏付けるように見知らぬ女性が俺の前にやってきた。
「どうかしたの!? さっき大声出してたけど」
多分この女性は池谷のお袋さんなのだと思う。美人だが、あの池谷の母親ならそりゃそうか。一応俺は質問してみる。
「あの、あなた僕のお母さんですか?」
俺の質問に首を傾げる池谷母。
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってるの。そうに決まってるでしょ。もしかして寝ぼけてるの? 早く顔を洗って朝ご飯食べなさい」
そう言って去っていった。
俺は正体を明かそうかとも考えたが、そんなこと言っていきなりは信じないだろうし、混乱させるだけだと思って黙っておくことにした。
俺はとりあえず学校に行って、池谷に会うことにした。俺の仮説が正しいのなら池谷は俺の姿になっているはずだ。2人で話してこれからどうするかを決めよう。俺は朝食を食べ、学校へと向かった。
学校に着いて教室へ向かう途中、俺は男女問わず多くの生徒から声をかけられた。本当に人気者なんだな、池谷は。俺はそんな彼らに対して「ああ」と「うん」とか適当に返した。
教室に着いたので、俺の元の席を見ると、俺もとい池谷はいなかった。まだ登校していないのかとも思ったが、ホームルームが始まってもまだ現れず、担任の先生は「あれ? 底田は休みか?」とだけ言った。クラスメイトは誰も俺の心配などしていなかったので、少し俺は悲しくなった。
しかし困った。これでは今後の相談ができない。池谷は家で待機しているのだろうか。
色々と考え込んでいると、クラスメイトがやたらと声をかけて来た。
「どうしたんだ? 元気ないぞ」
「今朝からなんか様子が変だよ」
「なんかあったんなら相談しなよ」
こんな風に。池谷って本当に人徳があるんだなと改めて思った。俺が困っていても誰も声をかけてこなかったというのに。
しかし、俺は彼らの善意を利用した、ある作戦を考えた。
「ご、ごめん。なんか今日登校してからずっと気分が悪くて……」
そう、そう言って学校を早退するという作戦だ。俺の嘘をクラスメイト達は当然のように信じた。
「え、本当?」
「大丈夫か、保健室行こう」
「私先生呼んでくる」
そんな感じでしばらくしてから先生が来たので「気分が悪いので今日は早退します」と告げ学校を後にした。
俺は家は急いだ。家と言っても池谷家でなく俺の元の家だ。そこには多分池谷がいる。彼と話して元に戻る方法を考えなくてはならない。
正直さっきからクラスメイトに優しく接してもらえるのは嬉しいし、できればイケメンのままでいたいという気持ちもある。このままの方が幸せかもしれない。しかし、そんな幸せは他人から奪いとった偽りの幸せだ。そんなことはやっちゃいけない。いくら底辺でも心まで底辺になってはいけない。
やっと俺の家の前まで着いたが、何やら様子がおかしい。人だかりができているし、パトカーまで停まっている。俺は野次馬の1人に声をかける。
「すみません。ここで何があったんですか?」
年配の男性が振り返り、答える。
「ここの息子さんが自殺したんだってさ
「し、死んだ? まさか」
「なんでも今朝早くに暴れまくって『意味わかんねえよ! 助けてくれ!』とか叫んでさ、最後は『これは夢だ! 夢に決まってる!』とか言って包丁で心臓を刺して死んじまったんだと。高校生だったから勉強とかで疲れてたのかね?」
俺は頭が真っ白になった。
俺、いや池谷が死んだ。俺と入れ替わってしまったせいで死んだ。いや、分かる、分かるよ。池谷みたいな人間が突然俺になってしまったらそりゃ嫌に決まってる。それはそうとして死ぬほどのことか? これからどうにかしようとか、何か元に戻る方法がないかとか考える余裕がないくらいの絶望だったのか? っていうかそんなことを思わせる程俺の人生は最低だったのか?
俺は、実家の前で大声で叫ぶ。
「俺の人生は一体なんだったんだ!」
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