悪魔

「はぁ、俺の人生ってなんなんだろうか」


 俺は古いアパートの一室でため息をついた。俺の人生は良いことなど一つもなかった。貧しい家に生まれ、両親は早くに他界し、遠い親戚の家でいじめられながら子供時代を過ごした。


 学校を卒業して、なんとか就職したものの、その会社は入社から一月で倒産した。以来職を転々としながらなんとか暮らしている。


 道を歩けば車に轢かれ、たまに遠出をすれば災害に遭う。俺は不幸の塊みたいな人間なのだ。


「はぁ、俺の人生ってなんなんだろうか」


 俺はまたため息をつく。すると俺の部屋に変なやつが突然現れた。見た目はスーツを着た普通の男のようだが背中にコウモリのような羽が生えており、尻からは尻尾が生えている。顔色が異常に悪く、耳がとんがっている。まるで悪魔のようだ。そんなことを考えているとその変な男は口を開いた。


「私は悪魔だ」


 やっぱり悪魔だったようだ。普通の人間なら物音もなく部屋に入ってこれるわけない。


「やっぱり悪魔か」


 俺はそう吐き捨てた。


「なんだ、驚かないんだな」


「驚いてないわけじゃないけど、もうリアクションをする気力もないんだ。悪魔が現れようが俺の人生が変わることなんて……ちょっと待てよ?」


 俺は少し考えてから悪魔に問いかける。


「悪魔って言ったけど、もしかしてあれか? 人間と契約して魂と引き換えに願いを叶えてくれたりするのか?」


 昔何かの本で、悪魔についてそう書かれていたのを読んだことがある。悪魔は感心して答えた。


「よく知っているな。なら話は早い。お前が死んだ後で魂をいただく。それと引き換えに願いを叶えてやろう……」


 やった、これはついてるぞ。願いを叶えてもらえればこんな人生ともおさらばだ。魂と引き換えといったって死んだ後の話だ。俺は信心深くもないから、死後魂がどこへ行こうが関係はない。


 ウキウキしながらどんな願いを叶えてもらおうか考えていた俺に、悪魔は無情な言葉を放った。


「……そう思っていたが気が変わった。契約するのはよそう」


 俺は驚いて悪魔に訴える。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんでだよ!」


「今お前の魂をちょっと見てみたんだがな。酷いものだった、こんな酷い魂は見たことがない」


「酷い? それの何が関係あるんだ」


「私たち悪魔は人間の願いを叶え、それと引き換えに魂をいただいている、それが仕事だ。しかし人間の願いを叶えるのもタダではない、いわば経費のようなものがかかるのだ。それでも願いを叶えるてやるのは魂の価値が経費よりも高いからなんだが……どうやらお前の魂は経費に見合う価値はないらしい。こんなこと滅多にないんだがな」


「そんな……」


 俺の人生は確かに無価値なものとは思っていたが、魂まで無価値とは思わなかった。


「そういうわけで願いを叶えてやることはできない。そんなことをしたら大赤字だからな。すまん」


 悪魔は申し訳なさそうに言ってきた。


「別にいいよ。俺の魂が無価値なのがいけないんだ。気にしなくていい」


「そうか、では失礼する」


 悪魔は煙のように部屋から消えた。悪魔がいなくなった部屋で、俺はもう一度ため息をついて呟く。


「はぁ、俺の人生ってなんなんだろうか」

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