ウンコマン

 僕はある日、学校でウンコを漏らしてしまった。授業中にお腹が痛くなったけど、授業が終わるまで我慢したのがいけなかった。チャイムが鳴り授業が終わった頃には、僕のお腹は限界を迎えていた。


 教室を出て一目散にトイレに向かい、トイレが見えてきてホッとした瞬間、僕は転んでしまった。その衝撃で僕はウンコを盛大に漏らしてしまった。周囲にウンコの悪臭が立ち込め、それに気がついたクラスメイトのある男子が騒ぎ出した。


「うわぁ! 臭せぇ! こいつウンコ漏らしてるぞ!」


 その声は僕の周りに人を集め、僕を見た男子は僕のことを「ウンコマン」と囃し立て、女子は冷たい目で僕を見ていた。こうして僕のあだ名は「ウンコマン」になってしまった。


 事件から数日たっても、僕は「ウンコマン」のままだった。さらにクラスメイトだけでなく、全く知らない違う学年の生徒まで僕を「ウンコマン」と呼びバカにしてくるようになった。どうやら僕が「ウンコマン」であることは学校中に広まっているようだ。そして、僕はそんな学校に嫌気がさして、不登校になってしまった。



 あの事件から一月ほど経った。僕は未だに不登校で、毎日自分の部屋にこもって過ごしている。ある日家に担任の先生がやってきた。


 僕は担任の先生は別に嫌いではない。ウンコを漏らした時もすぐに駆けつけてくれて、色々と後始末をしてくれたし、僕を「ウンコマン」と呼ぶクラスメイトをいつも注意していた。結局僕を「ウンコマン」と呼ぶ風潮は収まらなかったわけだけど、それは別に先生のせいではない。


 先生は僕の部屋に入ってきて言った。


「なあ、そろそろ学校に通ってみないか」


 先生の提案に僕は首を振る。


「嫌です。だってまた『ウンコマン』ってバカにされるから……」


 俯きながらそういう僕に、先生は意外なことを言った。


「そうかな? これはあくまで先生の予想だけど……もしかしたらもうみんな全然バカにしてこないかもしれないよ?」


「どういうことですか?」


「……まああれだ。騙されたと思って明日1日だけ学校に行ってみたらどうだい?」


 いったいどういうことだろう。よくわからないが、先生の言うように騙されたと思って僕は学校に行ってみることにした。


 次の日、僕は登校し、恐る恐る自分のクラスの教室に入ってみた。ひと月前だったら「ウンコマンが来たぞ!」とか言われていたが、何も言われなかった。それどころかなんとなくクラスのみんなが僕に優しい。


「おお! 久しぶりだな」


「心配してたよ」


「休んでた間の授業のノート貸そうか?」


 不思議だ。もう僕を「ウンコマン」とバカにするのが飽きたというならわかるけど、こんなに急に優しくなるなんてかえって不気味だ。


 さらに驚いたことに、男子の数名が僕に「あんな酷いことを言って悪かった」と頭を下げてきたのだ。彼らは特に僕のことをしつこく「ウンコマン」と呼んできた連中だが、本当にどうしたのだろう。僕は彼らに理由を聞いてみたが「いや、俺たち反省したから……」と言ったきり、みんな黙ってしまった。やはり何かおかしい。






 その後休み時間がきて、廊下を歩いていると担任の先生に会った。


「久しぶりの学校はどうだ?」


 そんな風に話しかけてきたので、今日の出来事を先生に話してみた。そして聞いてみる。


「確かに『ウンコマン』とは呼ばれなくなって、それは良かったんですけど、こんな急にみんなが優しくなるなんて変だと思うんです。先生は何か知ってるんじゃないですか?」


 先生はしばらく考え込んだ後、小声で話してきた。


「わかった理由を話そう。でもこの話は他の先生や生徒にはしないで欲しい。多分みんな忘れたい出来事だろうから」


「え? あ、はい」


 先生の言っていることの意味がよくわからなかったが、一応僕は相槌を打った。そして、先生は語り出す。





「……今から1週間前、この学校で集団食中毒事件が起こった。お昼の給食が痛んでいたらしい。生徒だけでなく教師を含めたこの学校こ人間全員が食中毒になって、腹を下したんだ」


「な、なんだって!?」


 驚いた僕に構わず、先生は淡々と話し続けた。


「お昼が終わってすぐ、みんなが苦しみ始めて、一斉にトイレに向かった。しかし一度に全員が行こうとするのだからトイレが足りるわけがない。そうなるとどうなるか想像できるかい?」


 僕は黙って唾を飲み込む。想像はできないが、ろくなことにならないことは予想できる。


「みんな、そこらじゅうでウンコを漏らし始めた。校庭で野糞をするならまだいい方で、外に出るのも間に合わなかった生徒も大勢いた。教室で廊下で階段で……みんな力尽きて脱糞していった。かくいう先生も廊下の隅でウンコをするハメになったよ。ズボンとパンツを下ろせただけよかったけど紙がなくてね、本当に困ったよ……」


 僕が不登校の間に学校はえらいことになっていたようだ。そういえばなんとなく廊下もウンコのにおいがするような気がする。


「一応校舎全体を清掃したんだけど、まだウンコのにおいが残っているようだね。仕方ないよ。でも、これでわかっただろう? 君が『ウンコマン』と呼ばれなくなってみんなが優しくなった理由が」


 僕にもようやく理由がわかった。「ウンコマン」なんて呼ばなくて当然だ。言ってみればみんな「ウンコマン」みたいなものなんだから。


 優しくなった理由もわかる。なす術がなくウンコを漏らしたことで、みんなも僕の気持ちがようやくわかってくれたのだ。


 



 人は生まれつき優しくなんてない、苦しみ傷つくことでようやく他者に優しくなれる生き物なのだ。この学校の生徒たちはウンコを通じてそれを学んだのだ。

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