〆切

 深夜、俺はパソコンの前に座って唸っていた。俺の仕事は小説家。もうすぐ締切で朝までに原稿を担当編集者に送らなくてはならない。


「参ったな、全然続きが思いつかないぞ」


 画面に表示された、ほぼ白紙の原稿用紙を見ながら俺はため息をついた。


 今書いている小説は、俺の唯一の連載作品だ。締め切りに間に合わなかったらどうなるか、考えただけで恐ろしい。もしかしたら連載が打ち切られてしまうかもしれない。そうなったらもう首を吊るしかない。


 俺がそんなことを考えていると、インターホンが鳴った。出てみると友人だった。


「よお、元気か」


 友人がそんな風に呑気に言いながら、部屋に入ってきた。


「元気じゃねーよ。締め切りに間に合いそうにないんだ。それよりこんな夜中にどうした。また何か変なモノでも発明したのか」


 この友人は大学で何やら難しい研究をしていて、時々変な発明品を持って俺に見せにくるのだ。


「まあな。でも今度は変じゃないぞ。とにかくすごいから一刻も早く見せたくて来たんだよ」


「一体なんだよ」


「タイムマシンだよ。すげえだろ」


 それを聞いて、俺はため息をつき机に向かった。


「おいおい。もっと驚いてくれよ。あ、もしかして信じてないのか。そりゃ俄には信じ難いかもしれないけど俺は本当に……」


「いや、信じるよ。お前は嘘をつくようなやつじゃないし」


 それは俺の本心だった。別にタイムマシンを信じていないわけじゃない。


「ならなんでそんなに冷たい反応なんだよ」


 友人が不服そうに言う。


「今の俺にはタイムマシンなんてあってもどうでもいいからだよ。今は締め切り前の原稿をどうするかで頭が一杯なんだ。『自動執筆機』とかでも発明してくれていたらもっと驚いたし喜んだけど」


「そんなあ、このタイムマシンすごいんだぞ。まあ今は未来しか行けないけど……」


 友人の言葉を聞いて、俺の頭の中であるアイディアが閃いた。小説のアイディアではないが、原稿を完成させるためのアイディアであることは確かだ。


「おい、今未来に行けるって言ったな? 過去じゃなくて未来に行けるのか、そのタイムマシンは」


「あ、ああ」


「やったぞ! これで締め切りに間に合う」


「どうゆうことだ?」


 友人が不思議そうに尋ねてきたので俺が自信満々に答える。


「いいか、俺が未来に行ってこの原稿が載っている雑誌を買ってくるんだ。そして現在に戻ってその内容をそのまま書けばいい。つまり未来の俺の小説をパクるのさ」


「それじゃ盗作にならないか?」


「自分が自分の小説を盗作して何が悪いんだよ。それより早くタイムマシンを出してくれ」


「わかったよ」


 急かす俺に、友人はタイムマシンを手渡した。それは一見するとただの腕時計のように見える。


「結構小さいんだな」


「まあな。あ、そういえば言い忘れていたけどこのタイムマシンは未来と言っても10時間先の未来にしか行けないんだ。次号の雑誌の発売日までは行けないぞ」


「つまり朝には行けるわけだよな。その頃には原稿は完成しているだろうから十分さ」


「ならいいけど。このタイムマシンは青いボタンを押すと未来に行って、赤いボタンを押すと元の時代に戻れる。じゃあ気をつけて行ってこいよ」


「簡単でいいな。じゃあ行ってくる」


 俺は青いボタンを押す。その瞬間友人が消えた。いや、実際は俺が未来に移動したのだろう。その証拠に外はもうすっかり明るくなっている。未来の俺は出かけているのか見当たらない。


「本当に未来に来れたみたいだな。早速パソコンを見てみよう」


 しかし、パソコンの原稿には何も書かれていない。編集部に原稿のデータを送った形跡もない。


「どういうことなんだ? 原稿はどこだ」


 俺は事情を聞くため、未来の俺を探すことにした。玄関に行ってみると俺の靴がある。もし出かけたのなら靴はないはずなので、俺はまだ家の中にいるようだ。


 なんとなく妙な胸騒ぎがする。家中を探して、トイレのドアを開けたところで、俺は腰を抜かしてしまった。


「し、死んでる……」


 トイレの中には、原稿が書けなかったことに絶望して、ロープで首を吊った未来の俺がいた。

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