トイレの花子さん

 俺が個室トイレで用を足していると、目の前に幽霊が現れた。おかっぱ頭の背の低い女の子が宙に浮いて、便器に座る俺を見下していた。


「ひぃ! 幽霊だ! 助けてくれ!」


 俺が叫ぶと幽霊が口を開いた。


「ちょっと、そんなに驚かなくてもいいでしょ。私は何もしないわよ」


「しゃ、喋った?」


「そりゃ幽霊だって喋るわよ」


 なんだか思ったより怖くなさそうだったので、俺は幽霊に質問してみることにした。


「あの、あなたもしかしてトイレの花子さんですか?」


 トイレの花子さんとは学校のトイレに出てくると言われている幽霊だ。多分学校の怪談だと一番有名な幽霊だと思う。


「ええ、まあそう言われることもあるわ」


「やっぱり、まさかこの学校にいたなんて……」


 俺が感心していると花子さんは首を振った。


「いや、今日ここにいるのは偶然よ。毎日いろんな学校のトイレを回っているから。別にこの学校に住み着いてるわけじゃないの」


「なるほど、そういうものなんですね」


 いろんな学校を回っているのか。トイレの花子さんの噂が日本中の学校にあるのはそのせいなのかもしれない。


 俺はもう一つ質問する。


「あの、花子さんってトイレで自殺した女子児童の幽霊だって言う人がいますけど、本当ですか?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もう幽霊になって長いから忘れちゃった。まあ、なぜか学校のトイレにいると落ち着くから何か関係はあるんでしょうね」


 正直デリカシーのない質問かもと思ったが、花子さんは特に気にする様子もなく答えてくれた。それにしても忘れているとは、相当昔から幽霊だったんだな。


 そして俺は最後の質問をした。


「俺これからどうなっちゃうんでしょう?」


「どうなる、とは?」


「だって花子さんに会ったら殺されるとか呪われるとか……」


 そんな俺を花子さんは笑い飛ばした。


「あはは、そもそもそんな力私にないわよ。私はただトイレにいて、人の様子を観察したり、たまに見つかって勝手に驚かれたりするだけの存在よ。そもそも幽霊ってそんなに怖いものじゃないのよ。なーんにもできないんだから」


「そういうもんですか?」


「私に言わせりゃあなた達生きている人間の方がよっぽど怖いわ。トイレにいるといろいろと来るわよ、怖い人間」


「そんなにですか?」


「いるいる、いっぱいいるわ。トイレに気の弱い子を呼んでおこづかいを巻き上げる女子とか、嫌がらせのためにクラスメイトの私物を盗んでこっそりトイレに流してた女子とか、あなたみたいにこんな夜遅くに小学校の女子トイレに潜入している変態とか……」

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