藁人形

 ある日、俺はたまたま入った古道具屋で藁人形を見つけた。店主によれば藁人形の中に呪いたい人の毛を入れて釘を刺すと、相手を呪うことができるのだという。安かったので話の種にでもなればと思って買ってみた。



 家に帰った俺は、試しに自分の髪の毛を藁人形に入れ、釘を人形の右手にちょっとだけ刺してみた。すると俺の右腕に激痛が走る。慌てて釘を抜くと痛みはすぐに消えた。この藁人形は本当に呪いをかけることができるようだ。せっかくだから誰かを呪ってみるか。



 呪いたい人を考えると、すぐに頭に浮かんだ人物がいた。それは職場の上司、俺が所属する部の部長である。数ヶ月前に人事異動があって今の部長に変わってたのだが、俺は部長が大嫌いだ。いつも嫌味を言ってきたり、つまらない仕事を押し付けてくる。ここ数ヶ月ストレスが相当溜まっている。俺は部長を呪う決意をした。



「よし! みてろよあのハゲ部長め! 俺がこの藁人形で呪い殺してやるぞ!」


 自室の中でそんな独り言を言ってから、ハッと俺は気がつく。


「そういえば部長には髪の毛がない」


 そう、部長はハゲなのだ。しかもスキンヘッドなので頭のてっぺんだけでなく、側面にも髪の毛が一本もない。これでは髪の毛が手に入らない、どうしよう。


「他の毛ならどうだろう?」


 俺は髪の毛以外の毛を試してみた。眉毛、まつ毛、すね毛、脇毛。自分の色々な毛を藁人形に入れてみたが、呪いの効果を発揮したのはやはり髪の毛だけだった。


「他の毛と言ったら……そうだ、あの毛をまだ試してない」


 俺を股間のちん毛を抜き取り、藁人形に入れてから右手を釘で刺してみた。すると髪の毛を入れた時と同様に右手に激痛が走った。


「そうか、ちん毛なら大丈夫なのか。よし、明日早速部長のちん毛を手に入れてやるぞ!」


 こうして俺の戦いが始まった。


 次の日から、俺は部長の一挙手一投足に気をつけて、常に彼を監視するようになった。ズボンの裾からちん毛が出てこないとも限らないので、特に部長の下半身を念入りに見つめていた。


 部長がトイレに行った時は要注意だ。便器にちん毛が落ちるかもしれないからだ。しょんべんをする部長を俺は横から凝視した。


 しかし、トイレへの3回目の追跡の際、部長は俺に怒鳴ってきた。


「おい! お前なんでさっきから俺の便所についてきてるんだよ!」


 しまった。流石に気がついたか。


「なんか言いたいことでもあるのか? おい!」


 くそ、こうなったら小細工は無用だ。本当のことを話すしかない。俺は部長に土下座をして頼んだ。


「お願いします! 俺に部長のちん毛をください!」


 トイレに俺の叫びが響く。部長をしばらく呆然としていたが、だんだんと顔が青くなってきた。


「な、何言ってるんだ気持ち悪い! お前頭がおかしいんじゃないか?」


「おかしくはないです! どうしても欲しいんです! 部長をちん毛が!」


「ち、近づくな! 俺から離れろ!」


 そう叫んで、部長はトイレから逃げていった。ちん毛は手に入らなかった。残念だが俺は諦めない。


 その日から部長は俺から距離を取るようになった。しかし、俺がその分距離を詰めるので問題ない。会社では隙を見て、俺は部長にはちん毛の譲渡を迫った。また、帰り道や部長の自宅付近で待ち伏せしたりして頼んだが、全くちん毛を譲ってくれない。ケチなやつだ。


 そんなことをしているうちに、部長は突然仕事を辞めてしまった。聞く話では最近精神を病んでしまったらしい。あんな傲慢で面の皮の厚い部長が精神を病むとは一体何があったのだろうか。


 そして部長は静養するために実家のある田舎に移り住んだらしい。どこに引っ越したのか聞いてみたが、誰も知らないとのことだ。とにかく部長は俺の職場から消えた。




「逃すものか!」



 そんなことで諦める俺ではない。まだ俺は部長のちん毛を手に入れていない。今や部長のちん毛を手に入れることが俺の人生の最大の目標なのだ。


 俺は探偵事務所や興信所に依頼して、部長の動向を探った。そしてついに部長の今住んでいる場所を突き止めたのだった。俺は有給を使い、部長の元へ向かうことにした。俺はちん毛を目指して、意気揚々と電車に乗り込む。



「待ってろよ部長! 必ずあんたのちん毛を手に入れてやるからな!」

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