第29話 魔術について
「……オーナー」
「何かな」
「ちょっと個人的な話をしたいので退席しても良いですか」
軽く手を挙げて発言権を求めながら、兄が怒気をはらんだ声で言う。
相手は分かる、俺だ。これはまちがいなく俺だ。
二人きりになるのは絶対に嫌です。
そんな祈りを込めてオーナーを見つめると、確かに目が合った上でにこりと穏やかに微笑まれた。
「
「それだけではないんですが」
「一応今は町の有事だから、詳細は終わってから話し合って貰いたいのだけど。どうかな?」
「……わかりました」
元々鋭い釣り目が更に釣りあがっていて、了承しながらも不服なのが伺える。
一瞬、兄が
オーナーが「これでいいかな」と言いたげにウィンクしてくれた。
ありがとうございます、終わった後はどさくさに紛れて帰らせて頂きます。
兄があまりにも鋭い目でこちらを見たせいか、
赤い目を少しだけ釣りあげて、頬を膨らませて盾になってくれる。
いや、これただの威嚇かもしれない。
そこまでしてくれなくていい、の意味を込めながら撫でてやる。
満足げに微笑んで頬を寄せてきた。とてもちょろい。
俺が葉と戯れている横で、兄の頬が何故か赤くなっていた。
何食わぬ顔をして後月さんが多分何かをしている。
ただの友達にしては距離が近かったことも、それが恋だったことも俺は知ってる。
物静かだった頃の後月さんが、俺を兄と見間違えたのは一回じゃない。
胸が重くなるような気がして俯くと、顔の下半分がもちっとした感触に包まれる。
さっきまでの凶悪な目ではなく、くるぅんとした赤い三つ目が俺を見ていた。
お前の可愛いで全部癒されると思ったら大間違いだからな?
でもふにふにとして柔らかい耳で、首回りをマッサージされても引き剥がすことはしなかった。
暗黒もちもち水まんじゅうが気持ちいいのが悪い。
心の中の長めの現実逃避、おそらく全てが聞こえていたであろう悪魔のオーナーは話を続けた。
「それはそれとして、僕も優史くんが何故『魔術を使えたか』については聞いておきたいんだけど」
「そうですね、私としても非常に興味があります」
話題を振った悪魔はそりゃあ興味あるだろうよ。
あまり気が進まないが、逃げられる話題でもないので葉を少しだけ口から離した。
正直『先生』達の話は突飛すぎるから、葉にすらしてないので説明したくない。
「どうしても話すと長くなってしまうんですけど」
「じゃあ、僕から質問をするからそれに答えて貰ってもいいかな」
「はい」
「気になる事がある人は後で質問してほしい。複数人が話すと厄介だ」
俺の困った顔と好奇心で動いている悪魔を牽制するように、オーナーが上手く進めてくれた。
何か言う気満々だったらしい兄が反応したような気がするので本当に助かる。
まあ、あっちは後月さんが上手いことやって――くれてるらしい、さり気なくウィンクされた。
この店で流行ってんのかな。
「まずどこで魔術を?」
「あー……『――――――――――』なんですけど」
「もう一度言って貰えるかな」
「はい。『――――――――――』です」
肝心な箇所が音にならない。
奪われたかのように、口の動きも読み取れない程度にままならない。
しっかり動かす事だけでもできれば、多分セバスさんや兄なら読み取れただろう。
俺に“そういう術”が、かけられている。
それが伝わったのか、魔術を理解する人達は表情が険しくなった。
サンドルさんとグリーズさんは伏し目がちにもなっていた。
もしかしたら、こういうのをよく見る所で生きてる人達なのかもしれない。
葉も知ってるんだろうか、それともただ場の空気に合わせてるだけなんだろうか。
「わかった。どうやら制限されてるみたいだし、キミがどうこう出来る問題ではなさそうだ。次の質問に行こう」
「はい、すみません」
「キミのせいではないよ。魔術についての知識はどの程度あるの?」
「えっと、教えて貰った分だけです。一般的にどうやって習うのかは知りません」
今度は制限がかからず、スラスラと思ったことが口にできる。
憶測でしかないけど、『先生』達はたどり着かれても困るんだろう。
相変わらず険しい表情の人達がこちらを見ているが、オーナーだけは穏やかな表情で聞いてくれた。
「領域魔術について聞いたことは?」
「自分や単一対象に対して、じゃなくて『ある一定の範囲に展開する魔法』、ですよね」
「その通り。沢山使えるのかい?」
「いえ。基本的には『消耗が激しいから使うな』と教えられたときに」
「なるほど。魔術が使えることは隠してた?」
「
「必要がなかったから話さなかったんだね」
「はい。知ったのは最近ですけど、『色んな方々』が守ってるおかげで平和ですし」
「そうだね、この町は平和だ。本来ならね」
「はい」
でも今は有事なんだよな、と“ミコト”さんをちらりと見る。
ある程度の対処が出来そうな人達が俺の話を聞いているのが、不思議な気持ちになってきた。
ふにゅ、と葉の耳が、俺の頭を撫でてくる。
そんなに気にしてないし、一人でどうにか出来るとも思ってないから安心してほしい。
「ちなみに今回は詠唱破棄、それとも完全詠唱どっちかな?」
「完全詠唱です。詠唱破棄を習う必要が無かったので」
「ならこれは、キミの『純粋な知識としての興味による学習』で得たもの、かな」
「はい。知りたくて教えてもらいました」
眼鏡の奥にあるオーナーの目が一瞬、鋭く細められた後強く赤色に光った。
ゾクリ、と背筋が伸び逃げられないような感覚に襲われる。
腕の中で葉がギロリと悪魔の方を見て、耳を立てて睨むのが分かった。
それでもオーナーは穏やかに、だが光る赤い目で真っすぐに見つめたまま低い声で静かに言った。
「キミの知らない異世界の『誰か』……例えば『吸血鬼の無免許医』に利用されてるわけじゃないんだね?」
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