第26話 良く見知った“知らない”人

 オーナーとセバスさんの方を兄さんが見ていた。

 何故連れてきた、とでも言いたいのだろうか。


「ここに来たのは俺の意志だから」

「そうか。怪我はないか?」


 にこっ、と人懐っこい笑みで何気に距離を詰めてきた人物に俺が固まる。

 兄の横に先ほどから立っていて、会いたくない人物に含まれていた燕尾服の男。

 誰なのかは知っているし正直言えば兄――白鳥しらとり健史けんじよりも彼は間違いなく俺の事に詳しいはずだった。


「……ないです、けど」

「怪我がないならよかった。入口だと突破される可能性もゼロじゃないし、奥へ行きませんかオーナー」

「そうだね。まずは移動しようか」


 オーナーに円滑に次の提案をする姿に、頭が混乱しそうになる。

 俺が知っているその人は表情も反応も薄くて、感情が分からない。

 物静かで冷静な判断を――いやそれ自体は今もしてるか、そんな人。


 それだったらまだ変わった様子はあまりない兄さんのがマシだと視線を向けても、伏し目がちにして後ろへ下がった。

 何気なく優先してくれるのは嬉しいけど、なんか悔しい。

 周りを見ると、年齢的には俺が最年少になるせいか、一番の警護対象であるはずの“ミコト”さんも手で先に行くように促していた。

 最年少、と考えたけど悪魔はともかくとしてサンドルさん達はいくつだろう。

 考えながら視線を向けると、我々は護衛ですのでと言いたげに頭を軽く下げられた。


 わかった、俺が行かなきゃ話は進まないんだろう。


 オーナーが内側の扉を開けて待っているので、俺が真っ先に中に入る。

 次に、もう滑るように移動する必要はないのでようが耳でエスコートして“ミコト”さんが入る。


 掴んだ耳がよほど気持ちよかったのか、一度驚いてからもみもみしていたので、葉が梅干しを食べたような顔をしていた。

「振り払っていい?」という気配を感じたので首を静かに振る。

 悪気はないしこの暗黒もちもち水まんじゅうが触り心地が良いのは事実だからだ。


「触り心地が良いのは分かるんですけど、葉が驚いてるので」


 簡潔に伝えるとハッとして手を離し、葉に向かって頭を何度か下げていた。

 わかればいいんだぞ、とだけ言ってまた耳を差し出してくれてよかった。

 別に、俺が手をつないで入ればよかったような気もするけど気付かなかったので仕方ない。


 中には白いテーブルクロスがかけられた円形のテーブルがいくつかあった。

 入口の方からは遠い席に座るようオーナーに促されて、着席する。

 隣に“ミコト”さんが腰かけると、エスコートを終えた葉が俺の膝の上に小さく丸くなって収まった。


「え、なんで?」

「……ん? なにがだ?」


 ここが定位置で当然では、と言いたげに自分の可愛さを強調するためにくるぅんとした瞳でこちらを見上げていた。

 膝と腕に当たる感触は非情に気持ちが良いので、まあいいかと受け流す事にする。

 ちょっと重いんだけど。


 やりとりの間に、サンドルさんとグリーズさんがいつの間にか俺を挟むようにして後ろに立っていた。

 びっくりして“ミコト”さんの方を見ると、後ろにセバスさんが立っていた。

 護衛組は座らないのだろうか。


「その通りです。何かあっては困りますから、なるべく傍に」


 俺の背後には居ないセバスさんの声が、まるで耳元で囁くようにして聞こえて気色が悪い。

 納得いただけましたか、みたいな顔してニコニコはしないで欲しい。

 説明自体は助かるけどゼロ距離の囁きは正直辞めて欲しい。


「すみませんねぇ、便利なもので」


 だからそれをやめろって言ってんだろ。

 眉間に深く皺を刻んでいると、葉が耳を一つ伸ばして先っちょで揉んできた。

 皺残っちゃうぞ、と言いたげに若干顔の――いや、身体か?

 暗黒もちもち水まんじゅうボディを傾けて眉間を揉みながら見つめて来る。

 相手するだけ無駄か、と顔の表情を緩めて息を吐く。


 改めて顔をあげると、俺の隣には人懐っこい笑みで小さく手を振ってくる人が居た。

 頭では理解しているのだけれど、性格があまりにも知っているものからかけ離れていると混乱しそうになってしまう。


「かわいいな」


 俺には言ってない、なら葉か。

 腕の中に視線を向けると「だろぉ~? お前分かってるな~」という雰囲気を出しながら赤い目を丸くして可愛いアピールを向けていた。


 ――え? 何で葉が見えてるんだ。


 俺が知っているその人は『影が乗っている事しか見えない』と言っていたはずだ。

 改めて見つめ合うと、以前とは違う真っ赤な両の瞳が柔らかい視線で俺を見ていた。


「オレは今回は手だし出来ないかもしれないから、もしもの時は優史ゆうしの事を頼むぞ。可愛いもちもち」

「ウン! まかせて!」


 おい、可愛けりゃ名前は「もちもち」でもいいのかよ。

 以前警戒されたことがあるはずなのに、そのことをすっかり忘れたみたいに葉は振舞った。

 俺がおかしいのか、それともこの人が何かしているのか。

 気付けば悪意や企みを全く感じ取れない屈託のない笑みが俺に向けられていた。

 本人だとはわかっているけど、何故か聞いても怒らない気がしてつい聞いてしまった。


「あの……後月しづきさん、ですよね」

「そうだけど?」


 兄が誰よりも親しかった友人――有置ありおき後月しづき

 年の離れて居る兄と一緒に良く遊んでくれた人。

 そして、兄が“居なくなった”後、俺の様子を何度も見に来てくれていた。

 居なくなる前に頼まれていたのかを聞いても、一度も答えてくれたことはない。

 不器用で無口で、でもすごく優しい人――が朗らかに感情剥き出しで俺に微笑む。


「お前の知っているオレとは大分違うから驚くだろうけどな。同一人物だよ」

「どうしてさっきから笑ってるんですか?」

「優史に会えたのが嬉しいから」


 そんな分かりやすい後月さんは見たことがないので、本物なのか疑いたくなってしまう。

 もう少し話をしようとしたところで、遅れて兄さんが入って来た。

 先ほど暗黒もちもち水まんじゅうがそうしたように、さも当然のように後月さんの隣に座った。

 まだオーナーが来ていないので、部屋の外で何かを話していたのかもしれない。

 兄と目があってしまい思わず顔を逸らす。


 扉がガチャ、と開いてオーナーが入ってくる。

 その後ろからローラーの着いた自立する大きめのホワイトボードらしきものを倒さないように二人の男性が持ち込んできた。

 え、なんで?


「さて、積もる話もある人も居るかもしれないけど。まず状況を整理しようか」


 俺の疑問は横に投げ出されたまま、小さな円卓での作戦会議は始まった。

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