第25話 異世界のような店で
「……随分と派手にやらかしたようだね」
黒い飾りのついた鉄格子の門を開けるセバスさんの横。
突然現れた人物は笑顔を崩さないまま真っ黒なオーラを出しているように見えた。
そんな漫画みたいな、というツッコミをする気も起きないほど俺はこの人物を知っている。
「こんにちは、マスター」
「やぁ、
「あ、そうでした」
普段はbar「曼殊沙華」のマスターであり、bar「Bloody Moon」ではオーナーの名前を俺は知らない。
「曼殊沙華」を間借りするような形で、時々営業している「Bloody Moon」にオーナーが居てもおかしくはない。
セバスさんに向けられていたこの世の終わりのような、さっき空を包んでいたものに勝るとも劣らない闇を一瞬で抑えて爽やかな笑みを向けてくれる。
それはそれで怖いなんて頭の中で思ってもいけないんだけど、どうしても考えてしまう。
「……優史くんにはそういう事はしないよ」
赤い目をしたこの悪魔も例外なく、俺の心が読めるらしい。
ただ、まともに店を経営しているおかげなのか、元からの性分なのか。
セバスさんみたいな胡散臭さは全くない。
「私はずっと誠実ですよ?」
勝手に俺に返事をしてきた声は聞こえなかったことにする。
オーナーを見ると、柔らかい笑顔を向けられた。
「そこに居る悪魔は足を引っ張ったかな?」
「いえ。助けて貰いましたよ」
「……本当に? 別の悪魔と間違えてないかい?」
あまりにも信用がなくて吹き出しそうになるのを堪える。
それすらも読めたのか、さっきよりも口の端をあげてどこか楽しげな表情でオーナーは納得したようだった。
「最初にも聞いたけど、あの闇はセバスチャンがやったんじゃないのか?」
「私のせいじゃありませんからね!?」
「コントなら中でやりませんか?」
悪魔の二人は平気なのかもしれないが、日差しが強い。
葉がいるとはいえ、生身の人間には正直キツイ。
燕尾服を来ているサンドルさんとグリーズさんを見ても、二人も汗一つかかず涼しい顔をしていた。
どうなってんだ。
「入口で引き留めて悪かったね。中へどうぞ。何か飲み物を出そう」
「え、あ……っ」
今は顔がない“ミコト”さんが隣に居たので、俺はどう返事をするか迷った。
フッ、と見透かしたように目をオーナーが細める。
「もちろん、彼も楽しめるようにするから安心してくれ」
赤い目が光った、ような気がした。
セバスさんより誠実で、いつだって物腰柔らかで。
人の話を聞き出すのもうまくて、町の人の多くの“弱み”を知っていると思う。
それでも人の形をしているだけで、悪魔なんだ。
味方でよかったような気がする。
開いた門へ入る後ろからついていくと、俺にしか聞こえないような小さな声でその悪魔は言った。
「……敵に回る予定もないよ」
セバスさんみたいに耳元で囁いて来るようにしないのがまたオーナーのが好感が持てる。
誰も居ないのに物凄く近くに感じるのは気色が悪い。
フッ、と俺の考えたことでオーナーが小さく吹き出したような気がした。
門を抜けると、綺麗に舗装された暖かい色味の、煉瓦で出来た道が奥へと続いていく。
季節の花が迎える、白が基調の噴水のある庭に出る。
今はプルメリアやヒマワリが咲いている……んだと思う。
花の名前はそんなに詳しくない。
白いウサギを追いかけて、少女が迷い込むような。
確かに水上町の中にあるのに、何故かそんな異世界感に満ちた店。
――bar「Bloody Moon」。
その店としての建物へ向かって歩いていく。
一番後ろのグリーズさんが中へ入るのと同時に、勝手に門が閉じるのが見えた。
自動の機能なんかついていないはずなのに、ここは店に来る“お客様”が居なければ勝手に締まるのだ。
「さて、聞きたいことは沢山あるし、キミ達も話したい事が沢山あるんだろう」
先頭を歩くオーナーが店の扉の前に立つ。
何もしなくとも両開きの扉を開くと、会いたくない人物が案の定待っていた。
相手は一瞬だけ目を見開いて驚いたような気がしたが、すぐに表情を戻した。
「……優史」
「兄さん」
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