第24話 火の鳥
ひらがなの“く”の字に似た形をしたそれは、町の中心に向かっていた。
俺が出した花火よりも天高く、一直線に勢いよく昇る。
作られた“暗闇”の上限にぶつかってもなお、“火の鳥”は激しくオレンジ色に燃えていた。
影のような物が纏わりついては塵になっていくのが見える。
闇を巻き込んで燃え続けると、空にスゥッと青い線が浮かぶ。
炎が縁取りを作り、燃え広がりながら影が焼かれて消えていく。
線だったそれはパカリと目のように開いて、夏の青い空が広がっていた。
町を覆っていた黒い影が灰になると、火の鳥も一緒に消えてしまった。
「今のは……」
「私と同じ事を考えた存在が居たみたいですね」
そういうセバスさんは、
町を包んだ暗闇も、追いかけてきた影も復活する気配は今のところない。
夏の日差しに肌が焼けるような気がすると、
神様がくれた淡い光も、今はあるのかどうか太陽の前ではわからない。
「今のうちに行きますよ、日差しも体力を削りますから」
「あ、はい!」
セバスさんの言葉でハッとして、俺達は予定通りの道を駆けていく。
今度は先頭をセバスさんが、その次に“ミコト”さんを運ぶ葉が続いた。
その後ろを走る俺の頭上には葉の影があった。
最後にグリーズさんとサンドルさんが遅れることなくついてくる。
先頭のセバスさんが少しペースを落としてくれているので、先ほどよりきつくない。
あんなに暗くて、次から次へと敵が来ていたのに。
一切の邪魔が入らず、ただ日差しに体力を奪われる以外はスムーズに進む。
何が何だか分からずに居ると、セバスさんがまた勝手に説明をしてくれた。
距離が離れて居るのに、まるで隣に居るみたいに声が聞こえるのが少し気色が悪い。
「しばらくは“闇”は来ないと思いますよ。あれは大技です、準備が居る」
「用意周到だったってことですか」
口の中で呟くようにしても、悪魔には正しく届くらしい。
この人が、いやこの悪魔が味方でよかった。
相変わらず近寄ることなく、だが耳元で囁く声がする。
「ええ。おそらく“ミコト”様の一件が露呈するまでの間に用意していたのでしょう」
「じゃあ時間はかかるとしても次もあると」
「可能性はあるでしょう。ですが、もう一度やるなら夜を待った方がいい」
「そんなに大技なんですか?」
「町一つ包むほどの闇、魔法と言えどもそう簡単には出来ません。こちら側に突破方法を考える魔術師と、それを打破するだけの出力を安全圏から打ち出す存在が居ないと踏んでの術だったでしょうね」
ドクン、とちょっと胸が高鳴る感じがした。
人生で使うことはなさそうだけど、出来るのならば一回言ってみたい言葉。
ごくりとつばを飲み込んで、少しだけドキドキしながら口にした。
「もしかして俺、やっちゃいました……?」
「ええ、相当の事をしました」
俺の言葉を聞いた葉が器用に顔だけで後ろを振り返って、赤い三つ目を丸くしていた。
部屋に置いていたフィクションの類を、ほとんど読んだみたいだからどういう意味で言ったか分かったんだろう。
漫画や小説の中でよく聞く言葉を日常会話として使えるのはちょっと嬉しい。
いや、今起きてる事が日常かって言うとなんともいえないけど。
「あの場面で『よし花火を打ち上げよう』とはなりませんからね」
「出来るだけ沢山分散するならこれかなって……ネズミ花火と迷いましたけど」
「どこに配置するかでいくと打ち上げのが楽だったと」
「はい。町の人たちがどこにいるのか――そういえば、普通の人達は大丈夫だったんですか?」
今まで異常事態の中に居たので気付かなかったが、少し視野が広がると心配も広がる。
人ならざる者が点在していてそれぞれ優しいとしても、護るにも限度がある。
「私がサンドルとグリーズを連れてきたのはそれが理由ですよ」
「え?」
「キミ達を護るだけなら十分でしょう。なるべく多くを一時的に避難させる為に力を割いていたんです」
普段から、この悪魔は移動するのに歩くことは少ない。
気が付けばそこにいて、また瞬きのうちに居なくなることもある。
それで『店』まで移動したって良かったんだろう。
「日中、あの影達と遭遇するかもしれない町中に居る人達を、全員一時的に避難させたんですか」
「ええ。やり方としては良くないですが、我々が狙われているので『囮』でもあったんですよ」
だから足元が見える程度じゃなくそれなりに明るく光っていたのか、腑に落ちるような気がした。
闇が来るとは分かっていなかったけれど、もしもの時『弱体化する場所』の外に居ればセバスさんは動ける。
悪魔が規格外の力で避難させて、その間を作るために俺達は堂々と移動していたのだろう。
巻き込んでいるのはこちら側なのだから、それで護れるなら十分だ。
「……我々の選択を軽蔑しますか?」
「いえ、俺でもそうします。犠牲は少ない方がいい」
「貴方は――いえ」
何を言おうとしたのか分かったような気がして、続きは聞かない。
おそらくは『白鳥の人間』か『兄によく似ている』か。
多分だけど兄のがもっと判断は早いし、状況を飲み込んだうえで対処してる。
俺とは似てない。
暑さのせいか喉が詰まるような気がして、意識を逸らすように疑問を口にした。
「……その人たちは無事なんですか?」
「ええ。まだ『異空間』で眠っていますよ。戻すかどうかは、この後で話し合いましょう」
セバスさんが指をさしたので顔をあげる。
そこはもうbar『Bloody Moon』の前だった。
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