第23話 『先生』に習ったこと
今すべきことは、振り返らずに真っすぐ進むことだと自分でも思う。
けど俺は正直、そういうのは好きじゃない。
甘っちょろい考えだとは思うけれど、出来るなら皆で進みたい。
サンドルさんが追いかけて来る足音は今もなく、後ろ側からは“何か”の気配がしない。
二人で食い止めることを選んだのだろう。
なら俺がしようとしているのは、間違った選択じゃないと思いたい。
自分が護られる対象である自覚は忘れてない。
走る足は止めずに、スゥッと深く息を吸い込んだ。
アイドルメインだったけど、一応は俳優もやってたんだ。
噛むなよ、俺。
「――“それは欠けることのない三点”」
「
悪いけど、今は応えてやる暇はない。
「“一つはこの地に満ち”」
「何故キミが……」
止まる気配の全くなかったセバスさんも足はそのままに振り返って俺を見る。
やっぱりこの悪魔は知ってるんだろうな。
逸れそうになる思考を呼び戻して、この
「“二つは示して現れる”」
ボゥッ、と小さな淡い白の塊が水上町内に点々と浮かび上がるのが見えた。
大丈夫だ、今の所は上手くいってる。
移動する俺達に集中していた黒い塊の一部が、惑うようにそちらにも引き寄せられていく。
「あれは、なんだ……?」
「一体何が起きて……」
周りが少し静かになったことで、困惑しているサンドルさんとグリーズさんの声も聞こえる。
落ち着いて対処できる数には絞れたかもしれない。
ここでやめたっていい。
けど俺は、もう少しだけ欲張ることにした。
「“荒ぶる魂を鎮め、生きる者達には喜びと希望をもたらす”」
小さかった白がもう少し大きくなり、準備が整った。
走りながらで、初めての本番にしては上出来だと思う。
「“三点を満たす叡智よ灯れ”」
白い光はゴォッという音と共に、オレンジ色の強い炎に変わった。
その場に留まっていたのが、細い線を描いて真っ暗な水上町の空を昇っていく。
良い調子だったのに、勢いが少し落ちていくのが目に見えたことで気付いた。
「“『魔術』とは人々の幸せの為にあり、時代で生活は変わるように『新たに変化』する”」
『先生』が教えてくれた『改変』用の『詠唱』が足りていない。
イメージがあればなんとかなる、が印象に残りすぎていて「最初に言え」と何度も言われたのに忘れていた。
「優史くん、その詠唱をどこで……」
セバスさんが驚きを隠さずにこちらを見ているが、思い出すのに必死なので後で説明させてほしい。
本職が学校の先生だっただけあって、『先生』達は皆ちゃんと教えてくれたのだ。
今も“どこかで見ている”はずだから、「教えたはずだ」とは言われたくない。
「“全ては今を生きる者達の幸福のために、私は自分の創造を具現化する”」
勢いを失いかけたオレンジの光は再び太くなり、ヒュゥウウウウという夏に聞き慣れた音がする。
俺達の周りを照らす程度の淡い光よりも、強く輝くそれに蠢く者たちが追いかけて飛んでいくのが見える。
「“果ての無い闇を照らし、人々に一時の娯楽と安息を”」
思い付きで『詠唱』なんかするもんじゃなかった。
最後なんて言えばいいのか全然わからない。
格好つかないな、と思いながら少し恥ずかしく思いながら思いつくままに音にした。
「”咲き乱れろ、打上花火”」
ドンッ、ドドンッ、ドドドドォンッと色とりどりの花火があがる。
一回で終わらないように考えたので次から次へと打ちあがる。
“俺が動ける程度の魔力”を残して何度もそうなるように、しておいたのだ。
こんな状況じゃなければ綺麗なんだけどな。
そう思いながら見上げれば、花火の散った上に青空の隙間が一瞬見えた。
「えっ、今……!」
「なるほど、火が有効打ですか」
「ちょっと待ってください」
走りながら無詠唱でゴォッ、と手元に青い炎を灯し悪魔は何かをしようとする。
横から飛び込むように近づけば、直ぐに消化してくれた。
「危ないですよ、優史くん。本物の火ですから」
「わかってます。でも今は一旦移動しませんか」
「ですが、元を断てば安全に」
悪魔はまだやる気満々のようだった。
言っていることは正しいと思う。
けど、ここで強い火を灯せばせっかく散らしたのがこちらにまた集まってくる。
「一瞬見えただけです。果てはあるけど、どの程度で“果て”になるか分からない」
「果てになるまで燃やし尽くしてしまえばいい」
「『ガチャも天井まで回せば爆死じゃない』みたいな事を言わないでください」
「何の話です?」
「俺の例えが悪かったです!」
走りながら喋るのはちょっときついと思っていると、セバスさんはスピードを緩めてくれた。本当に心読んでるだろこの悪魔。
思ったことが伝わったのか、にっこりされた。ちょっと鬱陶しい。
「今回は移動が目的です。“ミコト”さんの安全を確保してから戦いを挑んだって良いですよね。まずは態勢を整えませんか」
「……なるほど」
会話をしていると、ペースを落としたおかげか後ろから足音が聞こえる。
振り返ると、サンドルさんとグリーズさんが追いついてきた。
破れた服の隙間から見えるグリーズさん怪我は綺麗に治っていた。
ホッとして話しかけようとすると、空がまた明るくなった。
暗闇がなくなった訳じゃない。
「なんだ、あれ……」
打ちあがる花火の中を、巨大な赤い火の鳥のようなものが飛んでいるのだった。
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