第21話 行動開始
「
「あ、はい」
手を突っ込みスマホを取り出して
「葉、手元が見えない」
「あっ、ごめん」
結界の外側は見えないようにしたまま、葉が少しだけ俺から距離を取ることで手元が見えた。
竜神堂さんのスマホの番号を出したところで手が止まる。
「あの、グリーズさん」
「なんでしょう」
「この後、俺達はどこへ向かうんですか?」
「そういえばお伝えしていませんでしたね」
「散り散りになるかもしれないし、目的地は共有しておいた方がいいんじゃないか、と思ったんですが」
「そうですね。では……」
「グリーズ」
どこか威圧感のある少し低めの声でサンドルさんが制止する。
ビクッ、と分かりやすく怯えてグリーズさんが声の主を見た。
視線を追いかけるように俺も振り返ると、無機質な表情でこちらを見ていた。
「……あの、俺聞いちゃいけないこと、を」
口元に手を当てて、『静かに』とサンドルさんはジェスチャーをする。
セバスさんを一度肩から下ろして、近づいてくると目の前に紙を出してきた。
「こ」
――れは?
続きは音に出来なかった。
指揮者が演奏の最後にする動きをサンドルさんがすると同時に、音が消えたようになったのだ。
大げさに口を動かして、『呼んで』と無音で彼は言う。
丁寧に畳まれた紙をカサリ、と開くとそこには
目的地は『bar「Bloody Moon」』だった。
さっき話題にしていたから、それはバレていてもおかしくないのに。
そう考えたが、もう一つ地図に書かれた線を見て納得した。
そこに書かれていたのは少し覚えるには複雑だが、完全に遠回りでもなく、近道でもない。
実際の雰囲気を知っていれば、人通りが少なく、日中でも暗い道が含まれている。
示し合わせなければ全く同じルートになる確率は低いものだった。
これが相手に知られると厄介なのをサンドルさんは予測していたのだろう。
紙を見せてくれた位置も、葉の影になっていて結界の外からは全く見えない所だった。
ふっ、と息を吐いていとも簡単に、俺は自然な嘘をついた。
「……わかりました、言えないってことですね」
サンドルさんは少しだけ目を見開いたものの、俺の意図が分かったらしい。
紙を覗き込む葉に、『食べて』と音もなく伝えた後で質問に応えてくれた。
それも恭しく頭を下げ、少しだけ申し訳なさそうに。
「我々が貴方を守るために必要なことです」
「仕方ないですね、立場がありますし」
「ありがとうございます。……グリーズはこういうところが少し迂闊なもので」
「申し訳ございませんでした」
睨み合う二人を見ると、よくある事なのかもしれない。
となると、グリーズさんは迂闊らしい。
――いや、うっかりと迂闊の護衛って大丈夫なのか?
胸の中に疑問は沸き上がったが、冷静に考えたらいつもの護衛はちょろい。
視線に気づいたのか、『あの紙、美味しかったぞ』と言いたげに葉がにっこりと笑った。
一応は紙だと思うけど、得体の知れないもんを普通に食うなよ。
俺も止め損ねたので言葉にはせずにもう一つサンドルさんに問いかける事にした。
「このまま外に出て、セバスさんは大丈夫なんですか」
「憶測ですが、私は元気になると考えています。この結界さえなければあの程度の有象無象どうという事はないでしょう」
「そうじゃなかったら、どうします?」
「このまま私が担いていきます。振り返らずにお進みください」
「わかりました」
サンドルさんは一礼して、セバスさんの横に戻って肩に担いた。
話すうちに画面が消えてしまっていたスマホをつける。
「連絡しますね」
こくり、とその場に居る全員が頷くのを確認してボタンを押す。
呼び出し音が一回鳴った後、直ぐに声がした。
《もしもし、竜神堂だ》
「優史です」
《着いたか》
「はい」
《今から3つ、俺が数える。キミも合わせて数えて欲しい。その場に居る全員にタイミングを知らせる為だ》
「わかりました」
《『ゼロ』で脇目も振らず、とにかく出来るだけ遠くまで駆け抜けるんだぞ》
「わかってます、『ゼロ』ですね」
俺が合図を復唱すると、またその場にいる全員が頷く。
少しの沈黙の後、スマホの向こうで息を整える音がした。
――来る。
《3》
「3」
竜神堂さんに合わせて、俺もカウントダウンを始める。
葉が隠すように覆っていた視界を開け始めてくれる。
《「2」》
グリーズさんがどこからともなく出した短いナイフを構える。
こっちの世界だと警察に捕まるかもしれない。
浮かんだ雑念を払い、目の前の結界に張り付く無数のゴムのような真っ黒い生きた“何か”を見つめる。
《「1」》
ここを出たらもう守られない。
そんなに遠くはない店のはずなのに、今は果てしなく遠い気がしてくる。
今になって少しだけ湧き上がってきた不安を、無理矢理飲み込んだ。
《「ゼロ!」》
叫ぶと同時、青白い光が結界の外側へ広がり、“何か”を全て弾き飛ばしていった。
さっきまで全く見えなかった道が遠くまで見渡せる。
《走れ!!》
その言葉を合図に全員が結界の外へ、店を目指して一斉に走り出した。
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