第17話 護衛
ゆらり、と空間が揺れて鳥居の向こう側に黒いロングコート姿で褐色肌の男性が立っていた。
「……もう少しまともな登場の仕方は出来ないのか」
「隠す必要のない方々かと思いまして」
ニィッ、と口の端を上げ穏やかに丸メガネの男は赤い目を細める。
胡散臭い笑顔で急に現れた人物を俺は知っていた。
耳をピン、と立てて少し膨らんだ
「……セバスチャンさん」
「覚えて頂いていて光栄ですよ、
恭しくだが大仰に一礼しながらも、彼は鳥居の前から一歩も動かない。
動きたくても入って来れないのだろう。
正真正銘の悪魔――セバスチャン・グレイ。
悪魔であると初対面からバラして「もちろん偽名ですよ」と言って憚らない。
この水上町ではbar『
ツケを溜め込みすぎて働かざるを得なくなった酒好きの悪魔。
bar『Bloody Moon』には客として行ったことはほとんどないが、演者としてなら招かれている。
――俺ではない誰かが『俺のフリ』をして働いていたのが分かり、そこから始まった奇妙な縁ではあるけど。
「護衛って貴方ですか」
「ええ。“ミコト”様を道中お守りする予定になっております」
胸を張って自信満々に答えるセバスさんを前に、
耳元でささやくでもなく、割と大きな声で問いかける。
「……あの悪魔、結構うっかりさんですけど大丈夫ですか?」
「優史くん? それちゃんと私に聞こえてしまってますよ?」
「確かにかなりうっかりさんな所はあるが、戦闘力としては頼りになるはずだからな」
「和眞くん、貴方もそんな風に思ってたんですか……?」
『異世界がらみの戦闘要員としてはかなりの逸材だぞ、うっかりさんだが』
「もう少し小声にするかオブラートに包んで貰えませんかね」
優しい神様からさえも、配慮のかけらもない言葉に悪魔が苦笑いする。
なんのフォローにもならないが、わざとらしく爽やかに俺は微笑んだ。
「小声にしたところでどうせ聞こえるでしょ、セバスさんは」
「ええ、まあ……そうですが」
「だったら陰口にしない方が良いかと思いまして」
「堂々と言えばいいというモノでもないんですよ、確かに私はうっかりさんですけど」
素直すぎる理由を告げれば、本人からの自白もでた。
鳥居の前に現れた時もそうだけど、ああいう移動をしているからか歩くとこけたりする。
弱くはない、というのは評判として聞いてはいるけど実際にそういう姿を目にしたことも無い。
なにより気さくに接してくれるのでつい油断してしまう。
人の心につけ入るという、そういう手口なのかもしれない。
疑念が浮かぶと同時に葉が頬を耳でぺちぺちと軽く叩いてきていた。
わかってるよ、とまた宥めるように撫でると暗黒もちもち水まんじゅうは満足げに微笑んだ。
ちょろい。
「うっかりさんと悪魔であることを除けば信用できる男だろう」
「あの、並べると思ってたより信用あまりにもしづらいんですが」
和眞さんが若干眉間に皺を寄せて何か言いたげにして、飲み込んだようにしてから話を続けた。
「……もちろん、彼だけというわけでもない」
「ええ。優史くんはどうやら勘違いしているようですが、キミの護衛は私ではありませんよ」
「えっ?」
にこっ、と微笑む悪魔の後ろ。
いつの間にか両側に背の高い人物が二人立っていた。
そんなに日差しが強いわけでもないのに、逆光の中に居るみたいに顔が見えない。
――無いわけじゃないよな?
思わず“ミコト”さんの方を見てしまってすぐに鳥居の向こうに目を向ける。
改めてみると、顔の陰影がしっかりついているので多分違う。
二人とも太めの黒縁眼鏡をかけていて、瞳はよくわからない。
何故か悪魔の赤い目が一層強く光ったような気がしたけど、気のせいかもしれない。
「和眞くんも会うのは初めてでしたよね」
頷く神主に気付かれないよう自然と流して、悪魔は神様を見つめた。
もしかしたら
見極めるように厳しい表情で、すらりと伸びた二つの影を見つめていた。
真似して俺も観察してみることにした。
悪魔と同じ黒いコートかと思っていたが、見覚えのある特徴的な服装を身に着けていた。
この町ではある店のおかげで見慣れた馴染みのある服――燕尾服に黒いネクタイ。
頭に浮かんだ可能性を言葉にしてみる。
「もしかして……bar『Bloody Moon』の従業員の方ですか?」
「そう勘違いをして頂ければ、と思ってこちらの装いをさせたんです」
「違うんですね」
「ええ。異世界の者だと分かりづらくしています。相手が対策を誤ってくだされば、少しはやりやすくなるかも知れないと思いまして」
こちらから見て右側に立つだけが悪魔の言葉に頷く。
もう一人は微動だにせず――いや、頷いた方もそれ以外は全く動かずその場にマネキンのように立っていた。
それが当然であるかのように悪魔は穏やかに促した。
「二人とも、皆さんに軽くご挨拶を」
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