第15話 もう一つの事件

「お帰りなさい、和眞かずまさん」

神永かみながの一族に報告をしてきたが、事態は思ったよりも深刻だぞ」


 息を切らしながら、急いで長い階段を上がって戻ってきた神主は真剣な表情で俺を見ていた。

 横に立つ神様に視線で確認を取ると首を横に振られる。


『“月の目が盗られた”以外は知らんぞ』

「……何かあったんですか?」

佐伯さえきの――いや、それじゃキミにはわからんな。夜に見回りをし、日中は“ミコト”の護衛をしている退魔の一族の当主が行方不明だ」


 言い終えると、荒い呼吸を整えるように和眞さんは天を仰いだ。

 その間にもう一度神様を見れば、眉間に皺を寄せて難しそうな表情をしていた。

 護衛をされていたなら知ってるかも、と“ミコト”さんを見ると今まで以上に俯いていた。


 常に一緒に居るだろうし、“月の目”よりも本人にとっては心配なのかもしれない。


 なんだかんだ守ってくれるように視線を落とすと、目を大きく見開いていた。どうやらこの暗黒もちもち水まんじゅうはこの町の退魔の一族も知っているらしい。緊張なのか、急にピンッと立ち俺の視界を遮る三本耳を撫でつけながら話を続ける。


「行方不明って、いつからですか」

「それがわからんらしい。気付いたのは昼前で、神永に行ったら騒ぎになっていた。“ミコト”の事もあって連絡が後手に回ったそうだ」

「“月の目”よりは些末だから、ですかね」

「一人の人間だが、大局として見ればそうなる。あと、“ミコト”の肉体については神永でひとまずなんとかするので心配いらないとも」

「それは良かった」


 一つでも心配事は少ない方がいい。

 けれど、なんとなくそれ以上の良くない言葉が続く気がして身構える。

 こういう時、俺の勘は当たって欲しくないのに当たる。


「“月の目”もだが、それ以上に佐伯――退魔の当主探しが重要になる」

「退魔の――ええと、佐伯さんってそんなに大事なんですか?」

「キミはゲームやアニメには詳しいんだよな」

「ええ、まあ。それなりに」

「“月の目”が全体を見渡すレーダーやカメラだとして、探知した敵をどうやって倒す?」

「人知を超えた能力ですから、『月の目からビーム』みたいな……出ません?」

「それが出来たら神永だけで町を護れるだろうな」


 考えなくてもいいのに、それだけ聞けば余計な思考は勝手に転がっていく。

 神永と佐伯は二つある事でうまく機能するんだろうと思った


「佐伯さんが現地に向かって倒してる、と」

「限りなく正解に近い」

「どこが正解と違うんですか」


「出来る限りは近場に居る者で対処する。だが、どうしてもそれでは対処しきれない。そこからあぶれたり、複数出現した場合など、色んな事に臨機応変に対応できるのが佐伯なんだ」


「ええと、それぞれ持ち場があると思いますが、この町の人達かなり強いですよね」

「ああ。だが佐伯無しではやっていけない」

「それは佐伯のご当主の――というか人ひとり分の負担が重すぎませんか?」

「もちろん考慮している。日中は“ミコト”と行動しているが、基本的に出歩いたりしない――はずなんだ」


 出歩いてないのであれば“月の目”は盗られてないんだろうな。

 後で付け足された言葉と“ミコト”さんへの視線が何よりも物語っていた。


「その間に十分に休みを取り、夜に“月の目”と退魔を軸に、多くの人ならざる者により護られている」

「でも今はその“月の目”が無く、退魔の一族――佐伯のご当主が行方不明」

「吉野の桜、鹿島かしまの山寺、水上神社みなかみじんじゃの結界はある。だがそのすべてを防げているわけじゃないのも、キミは知っているな」

「言われてみれば。結界があるなら一切いなくてもおかしくないのに結構危ない目に遭ってる気がします」

「全てを防ぐことが出来たら理想だ。しかし有象無象と無尽蔵に存在するもの全てをはじき返し続けては、消耗が激しすぎる」

「日中にはある程度、気を抜けるとしても夜までに回復しきらないかもしれないって事ですか」

「そういう事だ。今晩、いや明日の夜ぐらいまでならば良いだろう、全員で態勢を整えれば凌ぎきれる」


 頭の中に水上町みなかみちょうの地図をぼんやりと思い浮かべる。

 結界と、いくつか知っている親しい人ならざる者達の棲む場所。

 それら全てでこの町を夜の間中、護ることになるだろう。

 ゲームで言うならタワーディフェンスのような状態だろうか。


「でも皆、日中の活動がある。それ以外に普段も夜のパトロールとかしてますよね」

「ああ。だから日数が経っていけば当然、消耗戦になっていくだろう」

「……あの、俺が敵だったら、なんですけど」

「ん?」

「全体を見渡すカメラが無くなって、どこにでも攻撃してくる武器が普段はある。でもそれが『無くなったのが分かった』。そしたら一気に攻め込むんですが」


 思ったことを何気なく口にすると、和眞さんが驚いたような顔をした。

 俺に誰か重ねて見ているような、そんな気がして居心地が悪い。

 隣に居た神様が小さな声で独り言のように呟いた。


『本当に君は“白鳥しらとり”の人間だな』


 どういう意味か聞きかけて、和眞さんが居るのを思い出し口を閉じる。

 和眞さんは首を左右に振って、頭に浮かんだ何かを振り払ったんだろう。

 分かりやすいけど言わないで居てくれるのは嬉しい。


「説明が省けて助かるな。その通り、情報が知れ渡ったらこの町は厄介なことになる」

「ゆっくり探すのかな、と勝手に思ってたんですけど。期限は短そうですね」

「ああ」


 時間は待ってくれないのだから、早めに聞いておいた方が気が楽だ。

 一度、神様の方を見たが神主から聞け、と顎の先で示したので少しだけ待つ。

 和眞さんは真剣な表情で、この町の平穏を守るためのタイムリミットを教えてくれた。


「明後日の日没。いや、早くて明日の日没だ。それまでに“月の目”か、退魔の当主を見つけておかねばならん」

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