第14話 計画通り

「今回、俺が“ミコト”さんに追いかけられたのも実は、兄の計画通りだったりします?」


 ああ、まだこんなにも音で嫌味を込めた言い方が出来たのか。

 自分の幼稚さが嫌になるが、それをからかったり注意してくれる存在はここにはいなかった。

 おそらく事情を全て把握してるとだろう神様も、“ミコト”さんも首をゆっくりと横に振った。


「言っただろう、たまたま鉢合わせたのだと。彼が関わったのは偶然だった。今回は違う」

「そうですか」

「だが、もしもキミが彼に……何か思う所があるならば、今すぐここで見たことを忘れて猫ノ目書房に行った方が良いだろうな」

「何故です?」


 不機嫌を隠し切れない俺を宥めるように、三本耳が頬を撫でてくる。

 ちょっとくすぐったくて気が散るのが、今の俺にとっては丁度よかった。

 また言いにくそうにした後、竜神堂りゅうじんどうさんは続けた。


「異世界の者が関わっているのであれば、『吸血鬼事件』と同様の術が使われる可能性がある。異世界側からにしろ、こちらからにしろ、認識が阻害されるのを想定して対応せねばならん」

「この後すぐにでも、兄に会いに行くつもりですか?」


 せめて言い方ぐらいは何とかしたい。

 思ったところで長年、根付かせてしまった歪みはそう簡単には取り繕えない。

 アイドルとしてのステージ上や、裏方での出来事には慣れている。


 けど家族は――いや、恋とか愛に関してもだめかもしれない。

 俺は自分自身の親しい『人間』に対して取り繕うのには慣れていない。

 制御しきれない感情が剥き出しになっている俺を、慈愛に満ちた目で神様は見ていた。


「キミのお兄さんに会いに行くわけではない」

「では何故?」

「これから私が向かうのはbar『曼殊沙華まんじゅしゃげ』――ただ営業の日程までは確認していないからな。もしかしたら彼が居るかもしれない」


 bar『曼殊沙華』。

 正真正銘の悪魔のマスターが経営する、どこにでもあるがどこにもない。

 夢と現実の狭間のような、人間の『幸せを願う』人ならざる者が集う店だ。


 入口の場所すら定まらず、実際の店舗がどこにあるのかもわからない。

 ……はずなのだが、水上町みなかみちょうには時々移動式屋台としてイベントがあるごとに登場していたりする。

 町に随分と馴染んでしまった、人ならざる者も人間も楽しく飲むための店。


 その店にはもう一つの姿がある。


 bar『Bloody Moon《ブラッディームーン》』。

『曼殊沙華』でのツケを溜め込みすぎたマスターとは別の悪魔――セバスチャン・グレイが、店の看板を変えて経営する。

 月に数回の営業で、こちらは水上町に店舗が存在しているが人によっては『何故か一度もたどり着けない』店。

 眼鏡と燕尾服が制服で、お客さまを主人として扱うコンセプトバー。

 この店の従業員として兄が働いている。


「目的は『Bloody Moon』ですか」

「ああ、マスターもセバスチャンも異世界の事情に詳しい」

「知識を借りよう、という事ですか」

「ああ、もちろんそのつもりだが……もう少し直接的な手に出るつもりだ」

「こちら側から干渉するつもりですか?」


 兄が居ると決まったわけでもないのに、言葉からトゲを消しきれない。

 相手が気にしないで居てくれて本当によかったと思う。

 竜神堂さんは目を細めて眉間に深い皺を刻んでから、どう説明するか迷ったようだった。


「……干渉は難しいかもしれん」

「では何を?」

「『曼殊沙華』では難しいかもしれないが、『Bloody Moon』ならば水上町に店舗が存在している」

「はい。外観というか……一部は固定されている状態のはず」

「それを利用して罠を作り、前回のように『囮』を――」


 そこまで言って、竜神堂さんは急いで口を閉じた。

 たったそれだけで無駄に頭が回ってしまう自分が嫌になる。

 これが過去の『吸血鬼事件』の話で、一体誰が何のために『囮』になったのか。

 一瞬で答えにたどり着けば、思っていた以上に低く冷たい音になっていた。


「誰を利用するつもりですか」

「……すまない。キミはここで帰るのが正解だ」

「ここまで聞いて『白鳥しらとり』の人間が引き下がるとでも?」


 眉を片方と口の端だけあげて挑発するように笑う。

 嘘の上手い人外も多いが、末裔の水道橋すいどうばし家がそうであるように、この神様もまた嘘が下手くそだった。


 それにしたって、自分がこんなに子供だと思わなかった。

 大人というわけでもないのは分かっていたけど、想像以上に歯止めが効かない。

 落ち着けと言わんばかりにようが見つめて来るけど無駄だ。


「“ミコト”さんの顔が戻るまで、俺は絶対に忘れませんし関わります」


 歪んだ顔が爽やかな笑みに変わっていく。

 桜の精や天狗ならこの程度何とも思わなかったかもしれない。

 だが、この神様には『家族が関わるなら最後まで付き合わせろ』がクリティカルヒットする。


 人と程々の距離を保ったままの他とは違い、願いを聞き届けてしまうからいつまでもこの町の神様なのだ。

 困ったような顔をして、額に手を当て竜神堂さんはうなだれた。


「……ああ、うん……実に『白鳥』というか」

「なんです?」

『よく似た兄弟だな、キミ達は』


 その声がどこか遠くなるのと同時に、鳥居の向こうから駆けてくる足音がした。

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