第13話 『吸血鬼事件』

「吸血鬼が疑われる、ってことは『噛んだ跡がある』とかですか」

「そうだ」


 不機嫌そうなようのふくらみを両手で潰しながら話を聞いても、神様は気にしなかった。


「まず一つ目は『首筋に二つ、何かに噛まれたような点に近い跡』がある」

「なるほど。通称『吸血鬼事件』ですか」

「他にも理由はある。どの被害者も『血を少量抜き取られている』のだ」

「血を抜き取った、まではともかく何故『少量』だと分かるんですか?」

「それは……」


 竜神堂りゅうじんどうさんは口を開いたものの言い淀んだ。

 それも俺の赤い方の目を見て、説明しにくい理由があるように感じた。

 三つ目の理由を促そうとした所で、向こうが先に口を開いた。


「……知り合いの医師に吸血鬼が居てな」

「えっと、香月こうげつさんは医師免許も持ってるんですか?」

「彼じゃあない。たまにこの町に来る、腕のいい無免許の吸血鬼が居てな」

「なるほど。吸血鬼ってそんなに居るもんですかね」

「さあな。近所のと、その医師がいるせいか他は近寄りもしないな」


 香月さんもその医者吸血鬼も、とんでもない大物な気がする。

 何気なく受け流してしまったが、気になった所を聞いてみることにした。


「無免許なんですか?」

「異世界から来ているからな、こちらの世界では資格は無いそうだ」

「……異世界?」

「ああ、向こう側での呼ばれ方だと確か『越境者えっきょうしゃ』、だったか。そういうのも居るんだ」


 まるで良く晴れた日にする天気の話のように神様は言った。

 頭の中にどうしても浮かんでしまうので問いを投げてみる。


「……あの、“月の目”を盗んだのは」

「異世界の者だろうな」

「その吸血鬼さんは……?」

「彼ではない。そんなことをしなくとも十分な権力があるそうだ。仮に世界征服を企んでいようと、彼はそういうのは好かん」


 十分な権力がある、も中々のものなのでは。

 色々とツッコミたい気持ちは飲み込んだ。


「まあとにかく、彼が最初に『少量の知が抜かれているかもしれないから気をつけろ』と言ったのだ」

「なるほど」

「そして三つ目が『襲われた前後の記憶を失くしている』のだ」

「実現できそうな人が水上町みなかみちょうの中にも結構居そうな気がしますが」


 俺の指摘に、竜神堂さんはため息をつきながら額に手を当てる。

 事件当時を思い出しているのか、難しい顔をしていた。


「ああ。私を含め吉野よしの鹿島かしまの天狗。それから水道橋すいどうばしとその分家、神永かみなが……記憶だけなら他にもやろうと思えば出来る存在はいくらでもいる。キミが入り浸っている猫ノ目書房のテンチョウもそうだ」

「それこそ香月さんも多分、出来ますよね」

「出来る。一度被害に遭った者はそれ以上なにもされず、犯行時間も短すぎて“月の目”も被害者は分かっても異変が起きた直後には犯人は消えていた」

「消えた?」


 こくり、とミコトさんが頷いた。

 範囲の広い地図を見ているような状態なのだろう。

 ざっくりと大きなものを探すのには向いているが、その中の小さな“点”に注視するのは難しいのは分かる。


「ああ。何度“月の目”で目撃しても犯人だけが見当たらず、こちら側からの干渉に対策を施されていたようでな。『水上町に元からいる人ならざる者だけでは対処出来ないのではないか』という議論さえ起きた。犯人探しに時間がかかり、被害者を増やしてしまい事件の全容を掴むのも遅くなり、ひとまず怪しいところから洗おう、と」

「何かに噛まれたような跡、少量抜かれた血、消えた前後の記憶――それで血に関わる香月さんを疑う、と」

「そうだ。だが彼は疑われている期間は外出を控え、その間も事件は起こり続けた」

「どうして解決したんですか?」


 また竜神堂さんは音にするか迷っているのか、何度か口を開いては閉じていた。

 だが、意を決したように俺を見て話し始めた。


「……犯人とたまたま、鉢合わせた者が居たんだ」

「記憶も消されずに、ですか?」

「ああ。被害者にもなっていない」

「干渉に対策されているのに一体どうやって」

「先ほどの『越境者』には、様々な事情を抱えた者達も居る」

「あ……じゃあ、さっきの吸血鬼の無免許医さんが」

「異世界側の術を覚えた、水上町出身者だ」


 その先をあまり聞きたくないと思った。

 何故さっきから俺の赤い目を見ていたのか。

 神様が何度も言い淀む程の理由は一体なんなのか。

 胸の中に浮かび上がった一つの可能性というよりは確信。

 気付いてしまっていても自分から言う気にはなれず、そのまま言葉を待った。


「その吸血鬼の無免許医が犯人に気付けなかったのも、向こう側だけだと干渉されていて認識が出来ないからだ」

「つまり、水上町側と異世界側、どちらも強く関りを持った上で何か策をもって抵抗する必要があると」

「そうだ。それが出来る人間がたまたま、仕事を終えて帰路に着くときに事件に遭遇した」


 なんとなく、唇を噛む。

 誰の名前が出てくるのか、予想が出来てしまっている。

 でも言いたくはない、認めたくはない。


「彼らは最終的に、事件を解決した。だからこそ正しく『少量の血を抜き取っていた』ことが分かっていて、香月は正式に無関係となった」


 良く通る声が、どこか遠くに聞こえる気がする。

 俺の人生の大事なところには居ないくせに、そういう誰かの大事な場面では活躍しているらしい。

 歯を強く食いしばろうとしたら、頬をむにゅっと葉の耳で押され力が抜ける。

 三つの赤く丸まった目がこちらを見上げ、心配そうに見つめていた。


「この事件そのものは解決した。だが、その後ろに大きな組織が動いているようでな。……目的の一つに“月の目”があるのではないか、と」

「誰が、言ったんですか。それ」


 分かっているのに自分では言わずに、竜神堂さんに確認をする。

 最悪の事態を想定して、なるべく被害を減らし多くを救おうとする大馬鹿者。


「事件の目撃者であり、動機や事情の推察、全体への指示系統の確認。そのほとんどの計画を立て、一部を実行したのは……もうキミも分かっているのだろう」


 目の前が急に暗くなるような気がする。

 別に嫌いなわけじゃない。

 また誰も知らない所で、表立っては褒められることも無いのに頑張っていたのがむかつくだけだ。

 葉が頬を撫でてくるのを抵抗せずに受け入れながら、出来ればその三つの黒い耳で俺の耳をふさいで欲しいとさえ思う。

 ザァッ、という風で木々が揺れる音の中で、ハッキリとその名前は聞こえてしまった。


「キミの兄――白鳥しらとりけんだ」

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