第12話 予兆
俺の問いかけに、“ミコト”さんはこくりと頷いた。
全く関りもないのになんで俺に向かってきたんだろう。
そう思って居たのだが、良く知っている人物だった。
いや、待てよ。
去年の夏、ほんの一瞬だけ現実との狭間みたいなところで会っただけだ。
正直言えば、全然知らなかったので気付かなかったのだ。
「何? どういうことだ」
俺と“ミコト”さんを交互に見ながら、
アイドル時代に出店の手伝いやステージ出演もしていたので、俺は裏側もそれなりに知っている。
祭りの時は忙しいので、神様は本当に事態を把握していなかったのだろう。
「去年、色々あって少しだけ助けて貰いまして」
「そうか。キミの為だったのか」
「はい、おかげで仲良く過ごせていると言いますか」
視線を
去年っていつ、と視線が物語っている。
あ、やべ、忘れてた。伝言してないんだった。
深い説明を求められるとややこしくなるので、今起きている問題に話を誘導する。
「詳しい話は長くなるので、“ミコト”さんの事が落ち着いてから」
「そうだな。では改めて聞こう。先ほどキミは何を考えていた」
よっし、上手く逸らせた。
腕の中の葉だけが「いや納得してないけど」と視線でものすごく訴えかけて来ているがそれは無視する。
考えるのは少し怖いが、“ミコト”さんが触れてくれているので大丈夫なはずだ。
「“月の目”をもっと広範囲に使えるようにして、監視や管理に悪いやつが使ったらロクでもないな、とは」
「キミは想像力が豊かだな」
「ありがとうございます。外れてくれるともっと嬉しいんですけど」
「残念ながら」
その言葉にため息をついて俺が額に手を当てる。
すると、竜神堂さんは目の前へ袋に入ったべっこう飴を差し出した。
「これは?」
「近所の吸血鬼が試作品として持ってきたものだ」
「
「ああ、品質は安心していい。彼は人間が好きだからな」
神様の営む和菓子屋、その近所に棲んでいる吸血鬼――
顔を盗られて困った話をしてくれた、俺の知り合いの吸血鬼でもある。
ファンタジー的な用語が一気に日常に馴染む違和感に少し気が遠くなりかける。
気にしているとやっていられないのが
アイドル時代に何度も縁あってお世話になったので、料理が上手いのは知っている。
「甘いものは気を紛らわすだろう、食べなさい」
「お気遣いどうも」
子ども扱いを受けているような気がするものの、そのまま好意として受け取ることにした。
神様からすれば確かに俺は子供だろうし。
丁寧に密封された乾燥剤入りのビニールの袋を開けて、飴を口に放り込む。
どこか懐かしい甘い味が広がり、顔が綻んでしまう。
気が付くと、キラキラした赤い目がこちらを見上げていた。
また一つ取り出して手の平に乗せて差し出すと、赤い舌でぺろぉりと器用に口の中に入れ、楽しそうに転がしていた。
慈愛に満ちた表情で神様に見つめられていることに気づいて、ハッとする。
少しだけ恥ずかしさで頬が熱くなったが、それを気に留めることなく神様は話を続けた。
「……先ほど倒れかけたのが答えになってしまう。キミ達人の子を想えば否定してやりたいのだが」
肩をすくめながら言う竜神堂さんは、思ったよりも淡々としている。
異世界がどうのと規模が大きい割には、過去の別件の時よりも焦りが感じられない。
「冷静に話してますけど、ミコトさんの顔が盗られるのは想定内だったんですか?」
「以前から予兆はあったのだ。実現させるつもりはなかったが」
「予兆?」
苦々しい表情で“ミコト”さんを一度見て、それから何故か俺の顔もしばらくまじまじと見つめていた。
しばらく考えるようにしてから、竜神堂さんは説明してくれた。
「キミは、この町であった通称『吸血鬼事件』を知っているか?」
「香月さんは人間は襲わないはずでは?」
「彼の事ではない。もちろん彼も疑われたが、積極的に協力してくれたので今も私と友好関係にある」
「そうでなければ追い出せるでしょう、竜神堂さんなら」
それが当たり前だと思って言えば、目を見開いてこちらを見た。
口の端をあげ、鋭い視線のまま笑った。
「彼は随分とうまく紛れ込んでいるようだな、彼は」
「え、まさか香月さんって……」
神様とやりあえるほど強いんですか。
それ以上は音にせずにいると、否定も肯定もせずに竜神堂さんは話を続けた。
「事件の概要はこうだ。夜に一人で歩いていた者が一晩に一人、倒れて運ばれる事件が頻発した」
「倒れるのは健康の問題とかもありそうですけど、俺もよく倒れますし」
「キミはもう少し気を付けてくれないか」
本当によくある事として話すと、竜神堂さんには渋い顔をされた。
肩に触れた“ミコト”さんも手で撫でるようにさすってくる。
今は大丈夫です、“ミコト”さんのおかげで。
それを口にすると「そうじゃない」と優しい神様からお説教が飛び出しそうな気がした。
なんとなくいたたまれない気持ちになって葉を見る。
すると、赤い三つ目を細めて不機嫌そうに少し膨らんでいた。
そういえば一番倒れそうなのを支えているのはこいつかもしれない。
こほん、と竜神堂さんが咳払いをして真面目な顔をした。
「だから、この事件の被害者とされるのには共通点が三つあるのだ」
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