第11話 “ミコト”について
「
「ぁ……?」
目の前に居る“ミコト”さんも俺の腕をぐっと力強く掴んでくれていた。
「大丈夫か?」
「ええ。危なかったですけど、なんとか」
「神様の癖に頼りにならなくて悪かった」
「ここで葉に触れたら、消し飛ばしてしまいそうだから踏みとどまってくれたんでしょう。
「俺は力加減が下手だからな。本当にすまなかった」
「無事だったので大丈夫です。あと……あの、ありがとうございます」
どうやら“ミコト”さんにも音は聞こえているらしい。
首を少しだけ傾けた後、俺が自分で立てると分かればすぐに手を離してくれた。
表情があったなら、今は笑っているのかもしれない。
「しかし、察しが良い上に感じ取りやすいのも考えものだな」
「感じないようにはしてるんですけどね」
「何を考えた?」
先ほど意識を持っていかれかけたばかりなので、いくら神様の問いかけと言えど口にするか迷った。
考えそうになっただけでぞわり、と何かが這いあがるような感覚がした。
すぐに気付いた葉が、再び俺の頬を包むように耳を当ててくる。
その直後、少し迷うように自身の胸元辺りで止まったものの、“ミコト”さんはそっと手を伸ばして肩に置いてくれた。
重くなりかけた身体が一瞬で軽くなり、意識もクリアになる。
葉を見ても影響はないようで、だが確実に“何か”だけの気配が消えていた。
最初からそれを計算に入れていたらしく、俺の身を案じる様子の全く無い神様の顔を見た。
「もしかして、“ミコト”さんって“月の目”が無くても強かったりします?」
「ああ。神永の一族――いや、歴代の“月の目”の持ち主でも“ミコト”は別格だな」
「神永の一族がそういう能力持ちなのではなく?」
「修行して高めていくので無くはないが、ミコトの場合はちょっと特殊だからな」
「特殊とは?」
「“今みたいに”霊体だけで出歩いて、その上顔を盗られてもキミを護れる程度には」
「……今、なんと?」
「顔を盗られてもキミを」
「そこじゃないです」
「……ん? どこだ?」
本当に分からないのか首を傾げて俺の方を神様は見る。
今も確かに、目の前に居る人物が肩に触れている感触がある。
彼は透けているわけでもなく、顔がぽっかりと開いている以外は実体として認識が出来る。
知り合いの吸血鬼から、顔を盗られて困った話を聞かされていたので物理的にも取れるんだと勝手に思って居た。
何が引っかかったのか分かっていない神様とは違い、言いたいことは伝わったらしい。
目の前の人物は触っていなかった手でぽんぽん、と反対の肩を軽く叩いた。
「“ミコト”さんって霊体なんですか?」
「ああ、そこか。キミなら気付いているのかと」
「ええと、確かに俺は暗黒もちもち水まんじゅう連れてたり、変わった人達と関わり深いですけど、一応ただの人間ですからね?」
「キミにそう言われると、『ただの人間』の基準について少し話したい所だが今度にしようか」
「是非そうしてください。じゃあ、“ミコト”さんは身体は別にあるんですか?」
「場所は言えないが安全なところにある。それは心配しなくていい」
俺に何を考えているのか聞いた時と同じように、あっさりとしているので本当なのだろう。
どうやら“ミコト”さんも分かっているのか、うんうん、とでも言いたげに頷く。
「が、まあだからこその油断だろうな」
「どういう事ですか?」
「本来なら顔を盗られるほど弱くはない。慢心が招いた事態だろう、“ミコト”」
神様が眉間に皺を寄せて言うと、顔を逸らして俯いた。
この人、意外と分かりやすい人かもしれない。
「『あまりその姿になるな』とは注意していたんだが、『肉体がある時よりも便利だ』と言って聞かなくてな」
「まあ、確かに移動は楽そうですけど……」
「去年の夏もなんの説明もなく突然、夏祭り中に『神社を借りたい』と言い出して霊体化してただろう。その時にもっときつく言っておくべきだった」
「……ん?」
「どうした?」
今は“ミコト”さんに対してお説教モードに入っていた神様が俺を見る。
去年の夏。水上神社。“ミコト”。
頭の中で繰り返して、点と点が線で繋がれていく。
去年の夏、葉との約束は『夏祭りの終わりまで』というものだった。
このまま別れて会うことも無かったかもしれなかった。
ゲームなら大事な分岐点となりそうなイベントポイント。
祭りの最中、水上神社を訪れた俺の目の前に現れた青年。
彼にあのタイミングで会ったおかげで、今も俺は葉と一緒に過ごせている。
――『それなりに準備はしてきたけど、そろそろ時間切れが近いらしい』
なんて説明は足りてないが確かなヒントと共に言っていたのを思い出す。
夏祭りの最中なんて、神社も水上町に棲む色んな者達が見回りをしている。
俺は目の前の“月の目”の持ち主――顔のない青年を改めて見つめた。
「もしかして、去年俺が神社で会ったのって、“ミコト”さんですか?」
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