第8話 彼の能力

「超広範囲の監視カメラ……的な?」

「面白い例えだな。それで良い」


 他に言葉が出てこなかったのだが、フッと表情を緩めながら和眞かずまさんは肯定した。

 自分で言っておきながら理解が出来なくて、間が開いたところでそのまま話は続いた。


「具体的にはあるモノを通してこの町を見ているようなものだ」

「あるモノ……?」


 天を示したままの指先をもう一度見る。

 日中では星が見えず、そこにあるのは青い空だけ。

 時折、雲が通り過ぎるとしても全く無い日もある。


 この世ならざるモノで町全体を見ているのだろうか。

 そんなに大きいのなら俺だって気付くはず。

 何よりこの町は人以外の流入が意外と激しい。

 だとすれば、もっと“警戒”されたりしてもおかしくはない。

 俺なんかよりよっぽど勘の良い存在は沢山いるのだ。


 頭上を通り過ぎて行ったので、鳥だろうかと考える。

 町を見下ろせるほど高く飛ぶには、旋回が早する気もする。

 もう少し早さが一定か緩やかで、かつ空にあっても目立たないモノ。


 常に空にあるものを考えると、一つある事に気づく。

 これもまた天気による部分はあるのだが、基本的にはそこにある大きなモノ。

 数秒の間にここまでの考えて、疑問として音にした。


「太陽、ですか」

「惜しいな」

「あ、違うんですね」

「月だ」


 和眞さんが俺にも理解出来るよう、ゆっくり説明を進めていたのをようが答えを口にする。

 今は昼なので、その発想はなかった。

 葉に視線を移せば、頬を少しだけ膨らませて不服そうに、だがちゃんと答えてくれた。


「月?」

「日中はどこもかしこも監視が比較的行き届いている。突破されたとて誰かが対応できるからな。この町の問題は夜だ」

「夜、は確かにそうだよな」


 祭りのある日や人通りの多い道や場所であれば良い。

 それ以外の時はかなり気を張って移動しなければ、俺みたいな巻き込まれ体質はロクな目に遭わない。


 だからこそ人との出会いも多くなっていた。


 偶然ではないことに気付いたのは最近なんだが。

 今目の前に居る神主の和眞さんを始め、山寺の住職とも仲は良い。

 それどころか、正体を知らなかっただけでもっと重要な存在ともしっかり関係があった。


 日中は町中で社長をしている鹿島かしまの天狗。

 商店街で迷える人々の人生相談を請け負っている吉野よしのの桜の精。

 同じく商店街で老舗の和菓子屋を営む竜神。

 三か所すべての主と、俺はしっかり顔見知りで――いや、小さい頃から馴染みがあった。


 そうして気付かないうちに“警護対象”に入れられていた俺は、夜に一人で歩いていれば誰かに出くわす。

 全てを“人外だから”と正確な位置が分かる理由を考えず放棄していた事実に、ここで思い当る。


「あの、もしかして……俺が一人の時だけ夜に誰かに会ってたのって」

「各々で探知している場合もあるが、ミコトが指示していたこともある」

「なるほど」

「キミはこの町の中でも特異な存在だからな」


 兄が無事じゃないことを察してしまった時に得た、“あの力”が脳裏を過る。


 気にしていないつもりではあるのだが、出来る事ならずっと普通で居たかった。

 思わず唇を噛み伏し目がちになると、葉が何気なく耳の先で頭を撫でてきた。

 妙な気の遣い方をするなやめろ、とは言わずにそのまま受け入れる。

 明らかに見えているだろうに、和眞さんは気付かないフリをして続けてくれた。


「夜、月の光が届く範囲を彼は見渡すことが出来る。それが“月の目”と呼ばれる力を持つ一族――神永かみながの家系だ」

「なるほど、月の目……って神永!?」


 突然飛び出した聞き覚えのある名前に思わず目を丸くする。

 高校時代、共にある事件に巻き込まれ窮地を脱したことのある男――神永かみながながれ

 巻き込まれ体質だが人の良い流は、初対面で手負いだった俺を見捨てることなく最後まで一緒に町を駆け抜けてくれた。

 今はもうさほど関わりはないが、忘れることが出来るほど印象の薄い人物でもない。


「そうか。そういえばキミは神永の末の子と関わりもあるのか」

「ええ、まあ。普通なら同じ時期に高校は重ならない年齢ですから少しだけ……」


 色々あって俺は二十歳で高校一年生をしていたので、中々関わりにくい年代とその頃から友達だったりする。

 楽しかったけれど苦い思い出もなくはない青春をに浸りかけて思考を呼び戻す。


「神永の一族は皆そうなんですか?」

「いや、“月の目”が使えるのは今はミコトだけだ」


 和眞さんが一瞬、俺の片方の瞳――赤い方の目を見て言い淀むのが分かった。

 それだけで何を言いたいのか理解してしまった俺は、胸の奥がどす黒い感情で淀むのを感じて奥歯を強く噛みしめた。

 目の前で俯きがちになりながら、顔を盗られた青年が“どうしてその力を得たか”を察してしまったのだ。


 父から兄へ、そして兄から俺に否応なく引き継がれたモノ。

 元々は両方とも黒かった瞳を突然赤く染めあげたのと同じ理由を、自分から音にした。


「宿主が死ぬか、まともな生命活動が維持できなくなったら親族へ転移する“目”――ですか」

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