第7話 水上町と結界

 結界については話を聞いたことはある。

 だが、“ミコト”さんがかなめとはどういうことだろうか。

 和眞かずまさんとの会話から察するに、ようは前から知っていたのだろう。

 跳躍する会話についていく回し始めた思考に、和眞さんの声が入る。


ゆうくん、ここがどういう場所かは覚えているか?」


 どこから説明するか考えてくれているらしい。

 出来るだけ簡潔に言葉にしようとしたが、上手くいかないので思ったままを口にした。


「ええと……霊的に強い、というか。“魅力的な土地”ですよね」

「ああ。清らかな竜神りゅうじんの棲む池から始まったこのあたり一帯は、“そういった存在”にとって肥沃な大地と言って良い」

「放っておくと色んなものが流れ込んできて、人が住める状態じゃなくなる……でしたっけ」

「そうだ。だから結界が張られている」


 覚えている部分もあったが、そのまま和眞さんの説明に任せることにした。

 葉に伝えるべき伝言を忘れていた自分の記憶力は当てにならないと思ったのだ。


吉野よしのの桜、鹿島かしまの山寺。そしてこの、水上みなかみ神社じんじゃ。三か所を結ぶと町が守られるようになっている」


 混乱しないように、俺は頭の中で和眞さんの話を聞きながら情報を整理し始めた。

 よく知っている場所ではあるが、日常で訪れるのと“関わる”のでは事情が異なるからだ。


 吉野の桜――桜の精が居る大きな桜の木で、町を一望できる山の上にある。

 鹿島の山寺――天狗が山に棲む古くからある寺で、鹿島一族が代々守り継いでいる。

 水上神社――竜神が祀られた神社で、町で一番古くからあり水道橋すいどうばし一族が代々継いでいる。


 この三つは町の端になり、大きな三角形を作るように出来ていた。

 外側との境界にあたる部分の近くには人がほとんど住んでいない。

 それぞれの地を守る桜の精、天狗、竜神。


 そのいずれかに忠誠を誓うように、または親しみを持って。

 間違って人が巻き込まれないように、悪しきモノに突破されないように。

 協力的な怪異や鬼が棲んでいるのだ。


 どちらにせよ、人間が近づくにはそれ相応の装備がなければ入れない場所も多い。

 交通の便は悪くもないので、電車や道路が通っている箇所に関しては定期的に“巡回している”とも聞いている。

 開かれている場所があるので完全に突破されないわけではない、とも和眞さんは以前から言っていた。

 退魔に特化した一族や、その魔の頂点に近い能力を持つ者が町に棲んでいるのも知っている。

 人と共にありたい者達の善意で、俺達は知らず知らずに守られている。


 この町は安全で平和だが、それは共存している存在が揃って人間に友好的なのだ。


 俺が入り浸っている猫ノ目書房のテンチョウもその一人で、人間ではない。

 いや、本人は認めようとはしていないのだが。

 隠す気もなさそうなので、そう思っておくことにする。


「――と、町の結界と人ならざる者に関してはキミも知っているな?」

「はい」


 そこまで改めて説明して、和眞さんは伏し目がちになった。

 少し悩んだような顔をして、葉に視線を向ける。

 好きにしろ、とでも言いたげに顔をそむけたのを同意と取ったらしく、和眞さんはゆっくりと口を開いた。


「……あまり深入りさせても良くないと思って、説明してこなかった部分がある」

「どうせ関わるんだ、教えておけばよいものを」

「お前も必要がないから言わなかったのだろう」


 鋭い目で葉が睨み、和眞さんもなんとも言えない表情で見つめ返した。

 やりたいことは一緒なんだろうが、こうなると話が止まってしまうかもしれない。

 俺はスッ、と肩のあたりに小さく挙手して発言権を求めるように二人を見た。


「巻き込みたくなかったのは分かるんですけど、もう巻き込まれてるのでハッキリ言って貰ってもいいですか」

「……俺はキミのそういうところが好きだな」


 急な告白に面食らいそうになるが、ただこの人は感情表現がストレートなだけである。

 あと、恋愛に関しては異常に疎いのをこの目で何度も目撃しているのでそれもない。


「言っておけばよかったな。“ミコト”はその結界をうまくすり抜けてくるモノを見つける役割がある」

「すり抜けて……じゃあ、退魔の一族ってことですか?」

「少し違う。あくまでも見つけ出し、位置を把握するのが“ミコト”なのだ」

「たった一人で、ですか?」

「そうだ。だから要にもなる」


 目の前に立つ青年は、どこか所在なさげに俯いたままだった。

 彼一人で見守るにしては、この町は広い。

 吉野の桜、鹿島の山寺、水上神社自体もそれぞれかなり広い山なのだ。

 それに囲まれるようにある町全体を一人で、とは随分重い役割だ。


「でも、どうやって……?」


 疑問を口に出せば、和眞さんは頭の上を指さした。

 思わず追いかけるように空を見上げる。

 夏の強い日差しは木々で遮られ、程よい影の中に俺達は居る。

 雲一つない真っ青な空はとても綺麗だった。

 清らかな空気が漂う神社の中で、浅黄色の袴の神主は続けた。


「天から見るんだよ」

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