第3話 ジャリ、ふら、ゆらゆらぁり

「……嘘だろ」


 安心しきった所を叩き落とすのはホラーの定石だ。

 一応元アイドルとして、何度かそういう映画やドラマにも出た。


 よくある演出、ありふれた展開。


 でもあれは、画面の向こうや虚構だから娯楽で済むのだ。

 物語は綴じられ終わるからこそ楽しむことが出来る。


 ――じゃあ、これはどうすればいい?


 目の前に何が居るのか理解したくない。

 一度認識してしまっているが、考えたくはない。

 現実を受け入れたくない。


 完全に固まってしまった俺の頬に、ようがもちんっと身体を当ててきた。


 ハッとしてとりあえず距離を取るために後ずさる。

 目を逸らすのは悪手な気がする。

 同じことを考えているのか、葉も“それ”の方を向いていた。


 先ほどまでの移動で疲れてしまったのだろうか。

 それとも神社の中だからなのか。

 答えを聞く余裕は今はない。

 威嚇するように三本の耳を立てては居るが、葉は小さな姿のまま俺の肩に乗っていた。


 ジャリ、と小さな音を立てながらゆっくりと一歩後ずさる。

 ふら、と覚束ない足取りで向こうが小さな一歩で近づいてくる。

 同じペースであれば距離を保ち続けることは出来るだろう。

 だが、それではいつまでも“ついてきて”しまう。


 どうしたものかと目の前の“それ”を睨みつけながら考えを巡らせる。

 ふにゃり、と葉が頬に柔らかく触れると小さな声で囁いた。


優史ゆうし

「なんだ」

「僕をあれに投げろ」


 動きが一瞬止まりかけた足を、なんとか動かす。

 一歩後ずさりながら視線を前から逸らさずに答えた。


「ふざけんな」

「時間稼ぎぐらいにはなる」


 俺が早口で否定すれば、葉は食い気味で返してきた。

 ジャリ、と俺が後ずさる。

 ふら、と相手が近寄ってくる。

 緊張感を保ったまま、ゆっくりと動きながら会話を続けた。


「それで何になる?」

「ここは神社だぞ、何故助けが来ない」

「お前のせいだとでも?」

「そうだ。僕が居るから竜神が手を出せないのかもしれない」


 あまりにも真剣な声色で言うものだから、どう否定したものかと考えてしまった。

 その間の間に、肩の上からまるで本物のウサギのように――葉が言うには生前は本当にウサギなのだが――ぴょんと飛び上がった。

 突然迫りくる暗黒の物体に、“それ”でも見えているのか何かを感じるのか。

 相手が一瞬怯んで立ち止まった。

 まるでぽっかりと穴の開いたような顔に葉が飛びつこうとする。


 その直前に、俺はウサギらしかぬ尻尾とも呼べぬ部分を思いっきり掴んだ。


「んなぁっ!?」

「ふざけんなっつってんだろ!?」


 ビィインッ、と張り詰めた糸のようになり、相手の顔まで後少しの所で止まった。

 地面に生えた芋を引っ張るようにして、少し腰に力を入れてグッと引っ張る。

 胸で受け止めると、耐えきれずに尻もちをついてしまった。

 もっちんと弾力のある感触がまた跳ね返ろうとするのを腕でしっかりと抱きしめて止める。


「何するんだ優史!?」

「それはこっちのセリフだ!」


 これ以上飛び出さないように、もちもちとした弾力のある小さな丸っこい物体を抑え込む。

 距離が変わっていないか顔を上げると、目の前で繰り広げられる言い合いには気付いていないようだった。

 先ほどの至近距離まで迫ってきた暗黒水まんじゅうに驚いたままで固まったらしい。


 体勢を立て直すために片手で逃げないように葉を鷲掴みにし、視線も逸らさずにゆっくりと立ち上がる。

 後退を始めながら、小声で会話を続ける。


「本当に時間稼ぎにはなったみたいだな」

「だから僕を投げればもっと」

「こういう手は二度目は通用しねぇんだよ大人しくしてろ」


 こいつのどこが口かなんてよくわかっていないのだが、大体このへんだろうと言うところをギュッと抑えて両腕で抱きしめる。

 出来るなら後ろに回してやりたい所だが、また跳ばれても困る。

 頭の中に神社の地図を浮かべながら後ろ向きでも方向を定めようとする。

 手前の建物に誰も居ないのであれば、奥には誰かはいるはずだ。


 もし葉の言った通りならば、竜神は助けには来ないだろう。

 こいつを手放せば、人である俺だけは助けて貰えるかもしれない。

 三つの赤い目を光らせながら、“それ”を睨んでいる小さな影を投げ出す。


 ――それだけはないな。


 腕にまた力を込めて、奥の建物を目指すことにする。

 竜神はダメでも神主さんとかなら助けてくれるかもしれない。

 あらゆる手を使ってみても良いじゃないか。

 俺の思考がまとまった頃、ふらりとしながらこちらに向かって再び相手も歩き始めた。


 よろ、よろり、ふら、ふらり。


 今までよりも一層覚束ない足取りでその辺りを動いている。

 相手の様子が何かおかしい。

 元よりおかしいと言うのは横に置いておく。

 ゆっくりと一歩ずつ離れながら目を凝らして様子を見る。


 ゆらゆらぁり、と一際相手が大きくその場で回るように揺れた。

 嫌な予感がして身構えようとした瞬間。


 “それ”の手が俺の目の前に伸びてきていた。

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