第20話 神代も聞かず、人代も聞かず

「おねえさん!起きてください!このままだと死んじゃいます!」


 モノノケに霊力を奪われて気絶した美卯みうたまきが懸命に起こそうとするが、なおも美卯の体からは霊力が流れ出している。


『ミウが悪いんだよ。皆の居場所を奪おうとした罰だ』


 虚ろな目をした少女達が2人を囲む異様な状況で、頭上では空中に座る女子高生のような見た目の少女が冷たい目で2人を見下ろしている。


『……また新しい子が来たみたいだね。やっぱりみんなイヤな現実から逃げたいんだ』


 少女の言葉に環が後ろを振り向くと、人の壁が一斉に開ける。そこには分厚い眼鏡をかけた少年がいた。


「環ちゃん!美卯さん!」


 少年が環の方に駆け寄ってくる。知らない人に名前を呼ばれる恐怖と美卯を守らねばならないという使命感が、環の中でせめぎ合う。


「来ないで!ふしんしゃ!うえーん!」


「え!?えーっと……その、ぼくは火村ほむら家の長男のまもるで、邑木むらき花道はなみちさんに頼まれて、きみを助けに来たんだよ」


 泣き叫びながら鞄を振り回す環を宥めながら、衛が2人の方に歩み寄る。


「ひどい消耗だ……失礼しますね」


 衛が美卯に守護刀まもりがたなを握らせ、霊力を流す。火生土カはドをしょうずの相性での気を持つ衛からの気を持つ美卯への霊力譲渡は回復量が多くなるのだ。


「……ごめんなさい。あなたの代わりに戦えなくて」


 衛がぽつりと呟いたのとほぼ同時に、美卯が目を覚ます。


「ぅ……あ、衛はん……?」


「美卯さん、説明は後です。ぼくの守護刀を使ってあのモノノケと戦ってください」


 衛の言葉に、美卯は無言で守護刀を握りしめる。回復したとはいえ美卯は依然満身創痍であるが、今この場で戦えるのは彼女しかいない。

 戦えるのならば、まだ立てる力があるのならば、市民を視えざるモノノケの魔手から守るために戦う。言霊師ことだましというのはそういう者なのだ。


「『祖より下りて、鳳凰ほうおう麒麟きりん四神しじん八方はっぽう五行ごぎょう


 美卯の体が光に包まれ、一瞬にしてショートパンツにMA-1のラフな装いから緋袴に山吹色の小袖を合わせた装束に変わる。


「『我は都より来たりし、手奈土の言霊師ことだまし、宿せし気は』」


 白い脚絆きゃはんが脚を覆い、雑面があどけない顔を隠す。


「『授かりし名は、美卯なり』!」


 頭上に座る少女を見据え、美卯は己を鼓舞するように叫んだ。


「『我が手に在るは神楽鈴かぐらすず、銘を空木うつぎとす』……『鈴よ、その音でケガレを祓いたまえ』!」


 握っていた守護刀を神楽鈴かぐらすずへと変化させけたたましく打ち鳴らすと、周囲を囲んでいる少女たちの瞳に光が宿る。


「あれ、私なにしてたんだっけ……」「ここどこ?」


「ここは危険です、なるべく離れてください!早く!」


 美卯が霊器の音色でケガレを祓ったことで正気に戻った少女たちを、なるべくパニックにならないよう衛が誘導する。


『やだ……やだよう……お願い叶えられなかったら、またみんなに忘れられちゃう……』


 少女たちから吸い取っていた霊力が途切れたのか、空中に浮かんでいた少女がふらふらと落下しながら、狐の皮を頭から被ったような禍々しい見た目に変化していく。

 口元は黒い頰当に覆われ、首には朽ちたしめ縄が巻かれ、その背には化け狐の証である2本の尾が確認できる。


『……なんで?なんでキミは、キミたちはボクの邪魔するの!?なんで!どうして!!』


 慟哭する少女の様子は、もはやヒトのものではなかった。


「……モノノケ、覚悟!」


 縫飛ぬいとびで一気に距離を詰め、霊器を解き守護刀でモノノケ――狐の胸を突く。


『このカラダに、傷をつけるな!』


 しかし狐はそれを結界で防御し、逆に守護刀ごと固定することで美卯の動きを封じた。


(しまっ――)


『みんなの願いをめちゃくちゃにした対価、その命で払え!』


 頰当の口元が大きく開き、狐が美卯の喉元に喰らいついた。白く細い首から大量の血と共に霊力が流れ出し、山吹色の小袖が赤く染まる。


『オマエなんか怖くない!オマエも、外のヤツらも!ジャマするヤツはみんな噛み殺してやる!!』


 狐が口を離すと同時に、美卯が地面に膝をつく。


(まだや、まだ倒れるわけには……)


「美卯さん、これを」


 衛が美卯に駆け寄り、剣から託された紙切れを握らせる。


「これは……」


「読んでください。けんさんが美卯さんのために用意した、逆転の切り札です」


 拳を解き切り札――紙切れを見る。そこには几帳面そうな字で短歌が記されていた。


「……『天地あめつちの、光よ、満たせ……つるぎ』……」


 肩で息をしながら、美卯がゆっくりと立ち上がる。美卯が言葉を紡ぐ度に傷口が塞がっていく。


『どうして……!?もう、立てるほどの霊力ちからは残ってないはずなのに!』


 ふと、狐は自分が美卯に怯えていることに気づいた。取るに足らない相手であるはずの美卯に対して、本能が警戒している。


「……『神代かみよも、聞かず』、っ……『人代ひとよも聞かず』!」


 美卯の姿が眩い光に包まれ、光が真っ白な陣羽織の形を取る。顔を覆っていた雑面が消失し、人形のような白磁の肌には頬を横断する赤い刺青のような模様が浮かび上がっている。


(これなら、いける!)


 地面を蹴って、一気に狐との距離を詰める。


「……『手奈土美卯の名の下に命ずる』!」


 ひらりと陣羽織の長い裾が翻る。その刹那、狐は自身の恐怖の正体に気づいた。

 。人から信仰を受けて神に成った自分ものとは違う、神話の時代の力。


「『結界よ、解けよ!』」


 鈴が鳴ると同時に、真っ白な空間が砕け散った。

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