第18話 背中合わせのふたり
時間は少し遡って、
「つかぬことを聞くが、
剣が花道に問いかける。
「私の記憶が正しければ、邑木
花道は剣の話を聞きつつ
「無論お前の叔母、すなわち私の母
「……ああ。環は、オレの従姉妹だ」
花道が足を止め、剣の前に立ち塞がる。
「
「英雄さんたちは火村亨子が抜けた穴を埋めるために8歳だった環を置いて東京守護のお役目にふたりで就いたってのに、その原因を作った
剣は何も答えない。そうこうしているうちに花道の怒りはどんどんヒートアップしていく。
「港区がある皇居南側は本来なら火村家の管轄のはずだった。英雄さんたちは渋谷に現れたモノノケを調伏した後、港区に現れたモノノケを調伏するよう言われて疲労をおしてモノノケと戦ったんだ。『息子の誕生日を祝うため』なんてくだらない理由で調伏をサボった火村
ついに激昂した花道は剣に掴みかかる。雑面の下から覗く剣の口元は固く弾き結ばれていた。
「挙句の果てに今度はあのクソボンクラの嫁にするから環を火村に差し出せだと?いい加減にしろ!これ以上、環から何を奪おうってんだ!」
「……それは、私ではなく御当主様に言うべきではないか?」
五行家と裏五行家の主従関係は絶対だ。どんなに強くとも剣も花道も所詮は分家の子。本家である火村家の当主に直接意見を具申することは不可能に近い。
「そげなこたぁできんち分かっちょるき、おまんに言いゆうんじゃ!(そんなことは出来ないって分かってるから、アンタに言ってるんだよ)」
剣が腰に差した守護刀を抜き、花道の喉元に突きつける。
「無意味な事を喚く体力があったらモノノケ調伏に集中しろ。私は今こうして貴様の相手をしている時間が惜しい」
邪魔をするなら今ここで花道を殺すと言外に伝える、冷たく無感情な声だ。
「……そうだな、早く環を助けてやらねえと」
頭上にあった太陽は少し傾き始めている。剣たちは再び目的地へと歩みを進めた。
*****
目的地に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。
「……なあ、東京ってのは住宅街のど真ん中に千本鳥居があんのか?」
「そんな訳がないだろう。おそらくモノノケが貼った結界を守っているものだ。千本鳥居ならぬ『千色鳥居』といったところか」
住宅街の至る所に極彩色の鳥居が乱立しており、上空には街一つ飲み込めそうな巨大な球体が浮かんでいた。
「あれが結界との境界だ。あの内側に邑木環もいるはずだ」
「で、どうやってあんな高えとこまで行くんだよ。帝京タワーにでも登れってか?」
2人が球体の様子を窺っていると、周囲を取り囲む鳥居から犬のような影――モノノケがぞろぞろと這い出てくる。
「敵さんおいでなすったぜ!『我が手に在るは
花道が守護刀を握りしめて叫ぶと、両手に翡翠色のトンファーが現れた。牙を剥き出し襲いかかるモノノケ左手に持ったトンファーで受け止め、そのまま右手で頭を打ち砕く。
「邑木花道!緑青色の鳥居から2匹まとめて来るぞ!」
剣が叫んだ直後、花道の背後にある緑青色の鳥居から影が2つ花道に飛びかかる。
「っ……!バカヤロウ!もっと早く言え!」
「分かっている……次は、桃色の鳥居からだ!」
ピンク色の鳥居は2人の斜め左、10時の方向にある。しかし、剣の指示を聞いても花道は一向にその場から動かない。
「何をしている!桃色の鳥居だ!」
「分かってる!分かってるけどよ……」
そうこうしている間にピンク色の鳥居から影が飛び出す。一瞬反応が遅れた隙を突かれ、花道は突進をモロに受けてしまった。
「ぐああっ!」
「何をぼさっとしている!次は青の鳥居から来るぞ!避けるなり何なりしろ!」
青の鳥居、頭上から影が降り注ぐ。咄嗟に左手のトンファーでガードしたが、防ぎきれなかったモノノケの牙が花道の左腕に突き刺さる。
「全く、何をやっているんだ……」
モノノケに翻弄される花道を見かねた剣は、腰に刺した守護刀に手をかける。
「邑木花道がてんで使い物にならない、至急こちらまで来てくれ!」
守護刀を介して話した内容を言霊として伝えることで、遠距離にいる守護刀を持った相手との会話が可能になる。
――使い物にならないって……どういうことですか?
剣の問いかけに反応したのは奥多摩から都内に向かう電車に乗っている乙弥だ。どうやら近くに援軍になりそうな
「どの鳥居からモノノケが現れるか視て指示をしているのだが、全く従ってくれない。どうなっているんだ?」
――ええ……剣さんの指示の仕方が悪いんじゃないんですか?僕と組むときはそんなことないですよ。
乙弥の怪訝そうな声が剣の脳内に響く。しばらくすると、声の主が乙弥から
――剣さん。そちらにも見えているんですね?その……カラフルな、鳥居が。
「見えているどころではない。囲まれている」
――わかりました。では、『何色の鳥居』ではなく『どの位置にある鳥居』という指示に変えてみてください。
指示の意図は読めないが、今は衛の判断を信じるしかない。
「分かった」
――お気をつけて。僕たちもすぐ向かいます。
声の主が再び乙弥に変わった後、守護刀の振動が収まる。しかし既に花道は満身創痍、援軍は望めそうにない。
「ならば、私がやるしかあるまいな」
剣はモノノケの猛攻の渦中、花道の背後に飛び込んだ。新たな獲物を前にモノノケたちは一目散に剣に向かっていく。モノノケたちが剣に牙を向いた。その時。
『ギャアアアアッ!』
一条赤い光が煌めいたかと思うと、モノノケたちが次々と霧消していく。
「『我が手に在るは太刀一振、銘を
花道の背を守るように立つ剣の左手には、いつの間にか赤銅色の日本刀が握られていた。
「まさか……居合か?マジかよ
言霊師の武器――霊器は通常むき身の状態で発現するため、抜刀術である居合は不可能である。しかし、剣は「霊器展開の詠唱を行う」という未来を予知し確定させることで、霊器の核となる守護刀を腰から抜くと同時に霊器を展開し居合を行うことができるのだ。
「無駄口はよせ。次は左斜め上から来るぞ」
剣が守護刀に手をかけるより早く、花道がトンファーを鳥居から出てきたモノノケめがけて放り投げる。トンファーはモノノケの頭にクリーンヒットした。
「ちっ、最初から方向で言えっての。ロクショーだの桃色だの、いちいち言い回しが分かりづらいんだよアンタは」
「……以後気をつける」
剣がブーメランのように戻ってきたトンファーをキャッチし、花道に手渡す。
「霊力の消耗は最小限に抑えろ。乙弥が来るまで耐えるぞ」
「そっちこそ、途中でぶっ倒れんなよ!」
沈みゆく太陽の光が、2人の横顔を眩しく照らした。
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