第17話 今、自分にできる事を
「では、私と
「はい、
*****
青梅駅で乗り換えている最中に、乙弥の携帯電話に花道からメールが届いた。
[
メールにはグレーのジャケットとスカートを着た少女がカメラに向かってピースしている写真が添付されている。
「わざわざ走りながらメールしなくても、
「まあ……写真があった方が探しやすいし、いいんじゃないかな」
大型連休の真っ只中ということもあり、電車内は家族連れや大荷物の人で溢れ返っている。
「……そういえば、今日蔵を掃除してる時に衛くんが昔使ってたおもちゃを見つけたんだよね」
乙弥の視線の先で、幼い男の子が靴を脱いで座席に脚を伸ばしている。
「
男の子の隣に座っていた父親が、男の子を膝に乗せる。母親の腕には赤ちゃんが抱かれていて、いかにも楽しげな様子だ。
「いえ……あれは、姉が買ってくれたものなんです」
「え?」
予想外の答えに乙弥が衛の方を向くと、衛は遠くを見るような目をしていた。
「あのおもちゃは、ぼくが小学校1年生の時にやってたレンジャーもの、『
「……知らないや。どんな話なの?」
乙弥が質問すると、衛は打って変わって饒舌になる。
「来光戦隊サムライジャーは平安時代に人間の世界を滅ぼそうとして倒された黄泉王政ラクラン朝が蘇ってきて、それを倒すために平安時代にラクラン朝を倒した武士たちの子孫、つまり現代に生きる若き侍たちが立ち向かうって言う話なんですけど、ケビーシたちに大事な言葉を奪われた一般人とサムライジャーの交流とか、追加戦士のサムライジャーが仕える来光家当主の話とかの人間ドラマもめちゃくちゃ面白くて――」
そこまで聞いて、ふとどこかで似たような話を聞いたことがある気がしてきた。
「……なんか、
「そうなんですよ!それにサムライジャーの武器もレッドが大剣でブルーが弓、イエローが斧、ピンクが爆弾、グリーンが槍っていうのも五行家の言い伝えと似てて、それでなんというか……勝手に親近感みたいなのを感じたんです」
衛が膝に抱えたバッグに視線を落とす。
「ボクが小学校に入る頃には、姉はもうモノノケと戦えるようになっていました。でも、ボクは全然ダメで……それで、朝の稽古をサボってた時にサムライジャーをたまたま見たんです」
言霊師がモノノケと戦うためには、
五行家レベルの言霊師であれば13歳頃に霊器を編めるようになり15歳頃から実戦に参加できるようになるため、
「最初は稽古をサボる口実で見てたんですけど、見ていくうちに小さい頃から来るかもわからないラクラン朝の襲撃に備えて鍛えてきたサムライレッドに憧れるようになって、もっと朝早く起きてサムライジャーの時間に間に合うように稽古をするようになったんです。そしたら姉さんが誕生日にサムライマルを買ってきてくれて……嬉しかったなぁ」
乙弥は亨子のことをあまり知らない。許婚だったとはいえ年に数回会うだけで、よそ行きでない亨子の人となりを知ることはなかった。
「……情けないです。あの頃の姉さんと同じぐらいの歳になったけど、サムライレッドどころか姉さんにも全然敵わない。やっぱり、ボクなんかじゃ姉さんの代わりなんて無理なんですよ」
後ろ向きな言葉とは裏腹に、衛の声色から悲嘆は感じられない。それだけ衛にとっての亨子は偉大な存在、越えようと思うことがないほど遠い存在だったのだろうか。
「……前に花ちゃ――花道、が言ってたことの受け売りなんだけど、『五行家がアプリによる書き込みなら四神家・八方家はプラットフォームを使った書き込み、瑞獣家はプログラミング言語による書き込み』なんだって」
乙弥が口を開く。ヒーロー番組の話をしていたらいきなりプログラミングの話をされた衛は目を丸くしている。
「アクセス権限の違い?とか色々言ってたけど、要するに霊力を扱う時の自由度の違いらしい。僕たち言霊師は言霊や武器の形に霊力を当てはめないと扱えないけど、四神家の人とかはそういうものを使わなくても自由に霊力を使える……そこの差に比べたら、亨子さんと衛くんの実力差なんて大したことないよ」
わかりにくい例えと今一つ要領を得ない乙弥の言葉を噛み砕いて、衛はようやく乙弥の意図を理解した。
「……もしかして、慰めてくれてます?」
「いや、うーん……慰めてるっていうよりは、今自分にできることを、精一杯やればいいって話……かな?」
乙弥には衛の気持ちがなんとなく分かる。
産まれた時から父と比較され続け、いつか自分も父のように強くなれると信じ、成長するにつれて父との埋められない差を突きつけられた。だが、それは決して歩みを止める理由にはならない。
「亨子さんは亨子さん、衛くんは衛くん。だから、無理して亨子さんの代わりになろうとしないで、衛くんにしかできないことをやればいい」
「……ありがとうございます。なんだかちょっと、気持ちが楽になります」
衛にかけた励ましの言葉は、「
(僕にしかできないこと、か……そんなもの、あるのかな?)
不意に懐に忍ばせた守護刀が振動し、乙弥の脳内に剣の声が響く。
――邑木花道がてんで使い物にならない、至急こちらまで来てくれ!
「使い物にならないって……どういうことですか?」
――どの鳥居からモノノケが現れるか視て指示をしているのだが、全く従ってくれない。どうなっているんだ?
「ええ……剣さんの指示の仕方が悪いんじゃないんですか?僕と組むときはそんなことないですよ」
2人が頭を抱えていると、衛が乙弥の肩を叩く。守護刀での念話内容は衛にも聞こえている。
「剣さん。そちらにも見えているんですね?その……カラフルな、鳥居が」
念話をしながら視線だけを車窓の外に移すと、空中に極彩色の鳥居が浮かんでいる。
――見えているどころではない。囲まれている。
「わかりました。では、『何色の鳥居』ではなく『どの位置にある鳥居』という指示に変えてみてください」
――分かった。
「お気をつけて。僕たちもすぐ向かいます」
そうは言ったものの立川駅まではまだ時間がかかる。今から電車と地下鉄を乗り継いでいては間に合わない。
「……衛くん」
「はい?」
ならば奥の手――秋山の力を借りる他ない。
「高いところって、大丈夫?」
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