第13話 東京のあるきかた
『連休なのに蔵の掃除ですか。どこかに出かけないんです?』
棚の上に積まれた荷物を下ろす乙弥の眼前に、「右手さん」と呼ばれるモノノケが書いた半紙が滑り込む。名前の通り右手首と筆しかない彼は半紙に文字を書いてコミュニケーションをとっているのだ。
「だって、
乙弥は右手さんの問いかけに荷物を下ろしながら答える。
『他にやりたいことはないんですか?街歩きとか、日帰り温泉旅行とか』
乙弥はここ数日昼間は屋敷の掃除や裏山の手入れ、夜は23区でのモノノケ調伏という生活を送っている。主戦力である優介とつかさがいない穴を埋めるためとはいえ、あまりにも味気ない連休の過ごし方だ。
「うーん……強いて言うなら、久々に木彫りがしたいですね。実家にいた時は近所の人から手入れで落とした枝とか端材を貰って色々彫ってたので」
『色々って、仏像とかですか?』
「材料によりますね。僕は木のなかにあるかたちを削り出しているだけなので、何を作りたいとかは決めてないんです」
無駄話をしながら作業をしていたら、棚の上の荷物が降り注いできた。
「うわあっ!?」
大量の子供服やおもちゃと一緒に、何かの箱が乙弥の頭に当たる。拾い上げて埃を払うと、箱に書いてある文字が見えた。
「『来光サムライマル』……剣のおもちゃ?あ、裏側に名前書いてある」
おもちゃの写真とヒーローが描かれた面の裏側、バーコードのあたりに平仮名で「ほむら まもる」と書かれたシールが貼られている。
「
『乙弥さんは買ってもらわなかったんです?こういう玩具』
「うちは……だいたい姉のお下がりだったので」
床に散らばった荷物を箱に戻していると、遠くから足音が近づいてくる。近づいてきた足音が止まると、蔵の扉が開いた。
「た、助けてください!うちに……屋敷に、ヤクザが!」
足音の主はおもちゃの元持ち主――衛だった。
******
乙弥が火村屋敷に戻ると、門の前に真っ赤な髪をリーゼントにまとめた男性が立っていた。サングラスをかけて派手な色のジャケットを羽織った姿は確かにその筋の人間に見える。
「ぼぼボクを見るなりいきなり走ってきて、『家のモン出さんか!』ってどなってきたんです……絶対地上げに来たヤクザですよ!」
乙弥の背中に身を隠しながら、衛が小声でささやく。しかし乙弥は衛の反応を意にも介さずにすたすたと赤髪の男に近づいて――まるで友人にするように肩を叩いた。
「花ちゃん!東京に
先程まで眉間に皺を寄せていた男の表情が、一気にパッと明るくなる。
「おー、乙弥ぁ!ちゃんとしよったか?」
互いに近況を伝えて談笑している様子を見るに、どうやら乙弥と男は旧知の仲らしい。
「あ、あの……」
「ん?ああ、大丈夫だよ!この人、裏五行家の人。
裏五行家とは星の数ほどある五行家の分家筋のなかで文字通り五行家の裏、すなわち影となって五行家を支えている一族である。一族の者は当主の呪いを肩代わりする影武者や五行相生の交換結婚の維持を務めたり分家を取りまとめ資金や食糧などの物資を集めたりすることで、モノノケと戦う人々を陰ながらサポートするのが役目だ。
花道は『裏
「
乙弥が花道に問いかけると、一気に表情が曇る。
「そうじゃ聞いとうせ乙弥!環が、環が……神隠しに遭いよった!」
「「神隠しぃ!?」」
花道の口から飛び出した思いもよらぬ言葉に、乙弥と衛は揃って声を上げた。
******
「空港の……ターミナル?とにかく、建物の中に鳥居があったんだ。物珍しいからって2人でその鳥居に近づいたら見えない壁みたいなモンに弾かれて――目を開けたら環が消えてた」
落ち着きを取り戻した花道から証言を引き出しながら、乙弥たちは空港へと向かっていた。
「見えない壁……結界か何かでしょうか?」
「わからん。とにかく見てもらった方が早い」
人混みの間を縫って走る中で、ふと乙弥があることに気づく。
「あれ?そういえば……衛くんは?」
屋敷を出たときには後ろにいたはずの衛がいなくなっていたのだ。
「ん?……ああ、あのガキなら麓に降りたあたりでへばって倒れてたぞ」
花道が後ろも振り返らずに言い捨てる。
「ええっ!気づいてたなら言ってくださいよ!」
「あいにくだが、
乙弥たちが奥多摩の山奥に拠点を置いているにも関わらず都内で発生するモノノケに対応できるのも、縫飛で身体能力――特に脚力を強化することで高速移動が可能となるからだ。
「にしたって置いてくのはやりすぎじゃないですか?衛くんだって一応五行家の言霊師なんですし……」
「ぐちぐち言うな!ほれ、着いたぞ」
雑談をしているうちに、いつの間にか件の空港に着いていたようだ。花道は腑に落ちないような顔の乙弥を置いて、花道はするすると国内線ロビーに向かっていく。
「ちょ、ちょっと!置いていかないでくださいよー!」
ターミナル内には人が溢れかえっており、なるべく一般人に触れないように人の流れを遡上していく。しかし人波には逆らえず、花道の姿は遥か上の階に消えていった。
「……あんまり派手なことはしたくないけど、仕方ないか」
乙弥は細く息を吐き、吹き抜けの上――花道がいるであろう階を見上げる。
「『風よ、舞い上がれ』」
言霊を込めて呟くと同時に乙弥の体が宙に舞う。重力に従って乙弥が落ちかけた瞬間、吹き抜けの下から上へと風が吹いた。そのまま風の勢いに任せて、乙弥は軽やかに国内線ロビーへと着地した。
「花道さーん!……あ、いたいた。環ちゃんは――」
花道の肩に置こうとした乙弥の手は、そのまま宙を掻いた。
「……確かに、ここに鳥居があったはずなんだ……」
花道が見つめていたのは、何もない無機質な壁だ。鳥居はおろか通路すら見当たらない。
「クソっ、なんなんだよ!ふざけんな!環はどこに行っちまったんだ!環を返しやがれ!チクショウ!!」
大きな背中が崩れ落ちる。泣き叫び何度も壁を叩く花道に、乙弥は何も言えなかった。
失意の沈黙を破るように乙弥の携帯電話が鳴り響いた。
【もしもし乙弥さん!?大変です!手奈土さんが……美卯さんも、いなくなったって……もしもし!?聞こえてますか!?もしもし――】
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