第10話 お見合い大作戦in仙台

〈まもなく仙台です。仙石線、仙山線、常磐線、仙石東北ライン、仙台空港アクセス線、仙台市地下鉄南北線・東西線はお乗り換えです。お降りのお客様は、お忘れ物のないようお支度ください――〉

 車窓の外を流れる風景が徐々に速度を落とす。アナウンスを聞き終えてから、乙弥おとやは倒していた座席を元の角度に戻した。


「仙台って意外と東京から近いんですね。3駅ぐらいしか離れてなくてびっくりしました」


 乙弥の言葉に、前の座席に座っている大樹だいきが振り返った。


「そりゃあ、この便は福島県では停車しませんからね。郡山駅と福島駅で停車する便はもう少し時間がかかりますよ」


 新幹線が停車する。

 平日の昼前だが、仙台駅で降りる人はかなり多い。乙弥は大樹たち水面みなも夫妻とはぐれてしまわないように人波を縫って改札口へと向かった。


「はあ、やっと追いついた……って、あれ?大樹さんは?」


 乙弥が改札口に着くと、先程まで前を歩いていたはずの大樹がいなかった。代わりに大樹の妻つかさが乙弥を待っていた。


「大樹様は在来線に乗り換えて気仙沼に向かわれました。ここからはわたしが、水面屋敷までご案内します」


「よ、よろしくお願いします……」


 乙弥はつかさが苦手だ。

 いつも無表情で何を考えているのかわからないし、きつい目つきと180cmの長身も相まって話しかけづらい雰囲気がある。


(しかもでたらめに強いんだもんなあ、この人……僕がモノノケ調伏に行ってもだいたいつかささんと大樹さんが倒しちゃってるし、もうこの人だけでいいんじゃないかな)


 改札を抜けると、小さな女の子が駆け寄ってきた。ピンク色のコートとマフラーを着込んでいるにも関わらず、ものすごい勢いで乙弥たちの方に走ってくる。


「ははちゃま〜〜!」


 女の子が勢いよくつかさに飛びつくと、遅れて黒いスーツ姿の男性がやってきた。


「申し訳ございません、奥方様」


「お気になさらず、巾人はばと殿。妃奈月ひなつのわんぱくは今に始まった事ではないですから」


「みてみて!ばけにゃあかってもらった!」


 妃奈月がゲームキャラクターのぬいぐるみを振り回していると、勢い余って小さな手からすっぽ抜けてしまった。


「あーっ!ばけにゃあ!」


 地面に落ちてしまう前に、乙弥がそれをキャッチする。


「はい、どうぞ。またバケニャーがどっか行っちゃわないように気をつけるんだよ?」


 乙弥が笑顔でぬいぐるみを差し出すと、妃奈月は黙ってぬいぐるみを受け取る。


「妃奈月、ちゃんとお礼を言いなさい」


「……ありがと」


 妃奈月はつかさの影に隠れたまま、ごにょごにょとお礼を言った。


(距離を取られてしまった……嫌われちゃったかな)


「乙弥殿。そろそろ屋敷に向かいましょう。屋上駐車場に車を置いてありますので、巾人殿について行ってください」

 

******


 一行を乗せた車は仙台市街地を抜け、住宅街に向かう。運転手は巾人、助手席には乙弥、後部座席にはつかさと妃奈月が座っている。


「妃奈月ちゃんは何歳なんですか?」


「5さい!けんしんとおなじだよ!」


 乙弥は後ろに座っているつかさに聞いたつもりだったのだが、代わりに妃奈月が両手のひらを広げて答える。


「けんしん?」


「巾人殿の息子――裏五行家が一角、清水しみず家の嫡男ちゃくなんです」


 裏五行家。

 数ある五行家の分家の中で最も五行家と近い血縁の分家であり、五行家当主に向けられた呪いを肩代わりする「影武者」を務める家だ。


「確か、水面の呪詛じゅそ騒動で仙台にいた本家筋の人はみんな死んじゃったんですよね?清水も大変だったんじゃないですか?」


「はい。先の騒動で亡くなられた当主大輝だいき様の影武者はわたくしの兄でしたので、繰り上がって次男である私が当主に。本家筋の方々は皆亡くなってしまいましたが市内の大学に通っていらっしゃった大樹たいじゅ様がご無事だったのは――」


「ちょっと待ってください。水面の当主は大樹だいきさん、ですよね?」


「ええ、ですから大輝だいき様が水面家当主になった矢先の話で――」


「巾人殿」


 微妙に噛み合っていない2人の会話につかさが割って入る。


「……ああ、大樹だいき様なのでしたね」


 乙弥は完全に置いてけぼりにされている。


「あの、僕にも分かるように言ってくれますか?」


「かしこまりました。端的にに申し上げますと、当主様は水面家当主水面みなも大輝だいきの身代わりでございます。大輝様のお祖父様と当主様のお祖父様はご兄弟で、当主様は唯一の本家筋である南部水面家嫡男水面みなも大樹たいじゅとしてお生まれになりました。先の騒動の際には東北帝国大学に籍を置く一般人として生活していたと聞き及んでおります」


「つまり、一般人を死んだ当主の身代わりに……」


「左様でございます。当主様は祖父母が水面本家の人間を呪殺した罪を贖うために、生まれ持った名を大樹だいきと改め前当主大輝だいき様が果たすはずであった水面家当主としての責務を全うする。それが当主様に課せられた使命であり、罰なのです」


 そう語る巾人の表情は暗い。

 水面家のお家争いに巻き込まれて家族を失った彼には、何か思うところがあるのだろう。


「……わたくしは、本来なら前当主様に嫁ぐはずでした」


 つかさが口を開く。


「前当主様は旧来的な考えのお方で『女は跡継ぎを産んで家事ができれば充分、余計な学なんてつけるな』とわたくしの高校進学すら許してくれませんでした。わたくしはご覧のとおり上背が高く愛嬌のない女ですから、水面家の要望に応えるためにせめて家事だけは完璧にこなせるようにと父母は花嫁修行の一環としてまだ中学に上がったばかりのわたくしに屋敷の家事の一切をやらせました。加えてわたくしは初潮が遅く、16になっても初潮が来ないわたくしに母はいつも苦言を呈していました。今思えば周囲からの強いストレスが月経を遅らせていたのでしょう。けれども、その時のわたくしはそれすらわからなかった。あまりにも長い間ストレスに晒されて、それをストレスだと認識できなくなっていたのです」


 つかさが拳を固く握る。優介の男尊女卑っぷりを見るに、金崎かんざき家では下女同然の扱いを受けていたことは容易に想像できる。


「そんな様でしたから、前当主様が亡くなってすぐに行われた大樹様との結納の際にわたくしは『私はこの通りの役立たずです。この結婚も家の体裁を保つためですので、どうか外に女でも作ってお幸せにお過ごしください』とお伝えしました。水面家に嫁いでも跡継ぎが産めなければ意味がないと、15そこらのわたくしは本気で考えていたのです。それでも大樹様は、わたくしを人並みに扱ってくださった。学がないと伝えれば高校の受験案内を取り寄せて、月経がないと伝えれば産婦人科を紹介し、家事ができないと伝えれば『そんなものぼくがやるから構わない』と言って、わたくしに愛を注いでくれました……わたくしは、あの日確かに、大樹様に救われたのでございます」


「当主様は言霊師としては弱いですが、あの方は我々影武者すらも等しく大事にしてくださる、人間のできたお方ですよ。ただ強いだけの当主よりよほどいい」


 つかさと巾人の声色から大樹が慕われているのがひしひしと伝わってくる。分家の出身である大樹が当主としてやっていけているのは、ひとえに彼の人徳によるのかもしれない。


(僕は、こんなふうに皆から慕われる当主になれるだろうか)


「つまらない話でしたね。長々と話してしまい申し訳ございませんでした」


「いえ。水面屋敷に着くまで退屈かと思っていたのでむしろちょうどよかったです」


 車が水面屋敷に到着する。


「それじゃあ行きましょうか。お見合い大作戦、開始です!」


 不安を振り払うように、乙弥は力強く拳を振り上げた。

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