第8話 昔話をしよう

『……で、そのあとはどうなったんですか?』


 筆と右手だけのモノノケ-右手さんが、乙弥おとやに問いかける。


「うーん、それがよく覚えてないんですよ。決闘が終わった後すぐに気絶しちゃったみたいで、起きたら朝だったんです。優介ゆうすけさんが土下座して謝ったところも姉さんから動画で見せてもらっただけですし」


『あ、動画あるんですね。見せていただいても?』


「いいですよ。ちょっと待ってくださいね……」


 乙弥がジーンズのポケットから携帯電話を出し、動画を再生する。


[ほら、ちゃんとデコ地面につけなさい!旅館の女将じゃないんだからさ!あーっはっは!]

[ぐ、ぐううううっ……!]

[約束は約束だからね。ちゃんとさきちゃんに謝りなさい]

[……こ、この度は……咲を家に残して、学友と乱交パーティーに参加して……申し訳、ございませんでした……]


『確かに優介さん土下座して謝ってますけれども……なんで全裸なんですか?』


「さあ……僕もわからないです。池に落ちてたから、多分濡れて脱いだんじゃないんですかね?」


 実際は乙弥が気絶した後に酔っ払った甲子こうこが勝手に「全裸で庭に土下座して謝る」と条件を追加したのだが、乙弥は知る由もない。


『あの、もし優介さんが「全裸で土下座させられた」ことに対して怒っているなら、乙弥さんは完全にとばっちりじゃないですか?』


「……そう、なんですかね?」


 しばらく話をしたところで、2人(?)は本来やるべきこと――蔵の収蔵物の虫干しを全く進めていないことに気づいた。


「やばいやばい!早くやらないと日が暮れちゃいますよ!」


『とりあえず大きいものから片付けましょう』


 バタバタと片付けをし始めたタイミングで、狐面の青年が蔵の扉を開けた。


「乙弥ぼっちゃん、お昼ができやしたよ」


薬研やげんさん!すいません、虫干し全然終わってなくて……」


「構いやせんよ。残りは優介ぼっちゃんにやらせやすから」


 狐面で目が隠れているが、言葉尻から怒っているのが伝わってくる。優介が乙弥に虫干しを押し付けたのがバレたのだろう。


「ささ、はやく屋敷に戻ってくださいやし」


「ありがとうございます」


******


 乙弥が屋敷に戻ると、さだめが広間に昼食を運んでいるところだった。


「手伝います」


「ありがとうね。いやー、休みの日は旦那様やら預かってる子たちの分もあるから大変だねえ」


「他の人も今からお昼ですか?」


「いや、みんな済ませてあとはアタシと乙弥くんだけ。昼飯の間中ずっと薬研があんたのこと探してたんだよ?」


「それは……すいません。後で薬研さんにお礼を渡しておきます」


 お盆には2人分のうどんと、乙弥の分であろう白和えの小鉢と天ぷらの皿が並んでいた。冷え切った長い廊下に、美味しそうな湯気がふわふわと漂っている。


「……さだめさんは、火村ほむらに嫁いで幸せでしたか?」


「なんだい?いきなり」


「いや、蔵の整理中に一昨年の正月の話になって、それで咲さんとか、母さんのことを思い出しちゃって」


 さだめは乙弥の父神仕しんじの異母姉で、きょうだい同士の当主争いに敗れて火村家に嫁がざるを得なかったと父から聞かされている。

 自分の意思に反して顔しか知らない人と結婚を強いられ、子どもを産み育て家を守ることを求められる。そんな人生は果たして幸せなのだろうか?咲や乙弥の母のように、悲しみと諦めを噛み締めて、笑顔で取り繕っているだけなのではないか?

 そんな思いが乙弥の胸の内でぐるぐると渦巻いていた。


「……神仕は、まだ自分のせいだと思ってるんだね」


「え?」


「ほらほら、早く運ばないとうどんが伸びちまうよ!急いだ急いだ!」


 一瞬、さだめの表情が曇った気がした。が、次の瞬間にはいつもの明るい表情に戻っていた。


******


 静かな広間に、2人がうどんをすする音が響く。人がいないせいか、いつもは水面みなも夫妻やお手伝いさんたちと囲んでいる座卓がいつもより大きく見える。


「ちょっと、昔話をしてもいいかい?」


 うどんを食べ終えたさだめが、おもむろに話を切り出した。


「アタシたちきょうだいが当主を決めるために父――あんたのお祖父さんにあたる人の命令で殺し合いをさせられた、って話は聞いたことあるだろう?」


 乙弥がかぼちゃの天ぷらを咀嚼しながら頷く。姉とケンカした時に決まって父に聞かされた話だから、忘れるわけがない。


「今は神仕と牙竜がりゅうとアタシの3人きょうだいだけど、本当はもっとたくさんいたんだよ。アタシが会っただけでも軽く10人はいた。……そのきょうだいたちがみんな、殺し合ったり、呪詛じゅそ返しで自滅したり、木戸屋敷から出ようとしてモノノケに食い殺されたりで死んじまったんだ。信じられるかい?アタシは弱かったから、他の子に頼って殺し合いを生き延びるしかなかった。日に1回だけ配られる食べ物を渡したり、他の子を呪う手伝いをしたり……集められたきょうだいの中で女はアタシだけだったから、『一晩相手をしたら守ってやる』なんて言ってくる子も何人もいたよ。神仕には言ってないけど」


 言葉が出なかった。

 父からは「殺し合いを生きのびた3人で手を組んで元凶である木戸きど正宗まさむねを追い出して、一番強かった自分が当主になった」としか聞かされなかったから、生き残った人間が殺し合いのなかでどんな扱いを受けていたかなんて知らなかった。


「誰もが互いを憎み、利用し、おとしいれようとしてたけど、神仕だけは最後まで話し合いで解決しようとしていた。弱いアタシをカモにせず、対等に接してくれた。当主になった後も、アタシたちが分家とのいざこざに巻き込まれないように牙竜が東京の大学に行く手助けをしてくれたり、アタシに火村家との縁談を紹介してくれた。……戦う力のなかったアタシが今こうやって火村家の嫁として暮らせてるのは、全部神仕が面倒を被ってくれたおかげなんだよ」


「そう、だったんですね……」


「それに、無理やり嫁入りさせられたってわけでもないからね。旦那様――公平さんが、アタシの写真見て一目惚れしてアタシを東京こっちに呼んだんだ。他にも嫁候補がいたらしいんだけど、その中でアタシを選んでくれたんだって知ったらなんだかこう……この人と添い遂げるのも悪くはないかって思ったんだよ。ま、普段は照れくさいんだか、そんなことおくびにも出さないんだけど!」


 笑いながらそう話すさだめの表情は、いつも通り晴れやかだった。本当に心の底から幸せそうな顔だ。


「アタシは公平さんと結婚して、間違いなく幸せだよ。……少なくとも、いつ死ぬかも知れなかったあの日々よりはよっぽど。だから、アンタもそう肩肘張って考えなくてもいいんじゃないかい?人生いろいろ、夫婦もいろいろなんだ。アンタが思うままに生きな」


 さだめがお盆に食べ終えた食器を載せ、広間を出る。閑散とした広間に、乙弥1人が取り残されてしまった。


(思うままに、か……僕は……どう生きたいんだ?)


「……とりあえず、結婚する人を見下してないがしろにするようにはなりたくないな。優介さんを反面教師にしよう」


 まだ自分がどんな家庭を築きたいかは分からないが、乙弥はとりあえず決意を固めた。

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