第5話 回想2:怒り心頭に発する
「
つかさは涼やかな目と端正な顔を怒りで歪ませて
「まあまあ。今探してるから落ち着いて、つかさ。はいオレンジジュース。好きでしょ?」
怒り心頭といった様子のつかさを
「全く、あいつはどこまで
「乙弥はん、お茶でも入れましょうか?」
「いえ、けっこうです。というか、咲さんはなんとも思わないんですか?」
乙弥の問いかけに、咲が困ったように笑う。
「いつものことですから」
「いつも、って……優介さん、妊娠してる奥さんほっといて、いつも遊び歩いているんですか!?おかしいですよ、そんなの!絶対!」
「誰がおかしいって?」
咲と乙弥の話しに、いつのまにか帰ってきていた優介が割り込む。オーダーメイドのグレースーツからはきつい香水の匂いと、なにやら甘い匂いが漂っている。
「……優介さん」
「なんだよその目は。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
人を小馬鹿にしたような態度の優介に、乙弥が啖呵をきる。
「じゃあ言わせてもらいますけどね、こんなの、咲さんへの裏切りですよ!」
「はあ?別にこのくらい、どの家の当主だってやってることじゃん。だいたい、ひとりの女に
「でも、咲さんを愛してるなら、他の女の人とその、セッ……しようとなんて思わないでしょう!」
憤る乙弥の訴えを、優介は鼻で笑い飛ばした。
「愛情?そんなものは言霊師の結婚にはいらないだろ。当主の種を、血をつなぐ。結婚はそのための手段にすぎない。だから、お前は人間としては正しいけど言霊師としては間違ってる。言霊師として正しいのは圧倒的に俺の方ってわけ。わかるか?猿でもわかるように言ったつもりだけど……」
優介のよどみなく
「理解できてなさそうだな。チッ、めんどくさ……」
「あの、乙弥はん。うちやったら大丈夫ですから」
不倫がバレても悪びれもしない優介を前にして、なおも咲は笑顔を崩さない。
「……咲さんは、なんで、こんなことされても、まだ笑ってるんですか」
自分が妊娠中に夫が乱交パーティーに参加していたと知ったら、普通なら怒り狂ってもおかしくはないというのに。
「旦那様の言うてることはなんも間違っとらんし、それに、悪いんは、当主になれんような子を孕んでもうた、うちのほうやから」
「……そんな、泣きそうな声で言っても、説得力ないですよ」
きっと、怒りたくても怒れないのだろう。
五行家当主の嫁とは
「女なら家に入って男を支えろ」「亭主のすることに文句を言うな」「多少の不貞は養ってもらっているのだから笑って許せ」……乙弥の母は漁で家を空けがちな父の代わりに大黒柱として働いていたが、親戚からいつもそんな言葉を浴びせられていた。
そして、いつも笑っていた母が親戚に会った日の夜には必ずひとりで泣いていたことも、乙弥は知っている。
「咲さんは、あなたの人形じゃない。ひとりの人間なんです。殴られれば痛いし、献身を裏切られたら辛い。どうして、そんな簡単なことがわからないんですか!」
「『黙れ』!『俺の前に這いつくばれ』!」
優介が叫ぶと、乙弥はヒザから
言霊師の放つ言葉には「言霊」という特殊な力がこもる。言霊のこもった言葉は物質、人心、動植物、さらには自然環境や天候を操ることができる。優介は言霊を使い、乙弥を這いつくばらせたのだ。
「弱い言霊師に価値はない……まあ、女なら子どもを産むぐらいは利用価値はあるか。とにかく、この世界では強い者が正義だ。そして、俺は強い!だから!俺のすることは!正しいんだよ!」
言霊の強制力で動けない乙弥を、優介は容赦なく
虫でも踏み潰すように、何度も何度も、頭を、背中を、手を、脚を、踏みつける。
「弱いくせに!俺に指図するんじゃない!俺は!咲も!お前も!いつだって殺せるんだからな!謝れ!『弱いくせにイキがって申し訳ございません』って謝れ!!」
手の甲に一撃かかとが入り、嫌な方向に曲がる。それでも乙弥は悲鳴ひとつあげない。
「『やめなさい』!」
「ただの口げんかで意地はって死んだら笑いものよ、乙弥。優介も、いくら腹が立ったからって一方的に暴力を振るうのはダメ」
「はっ、
「あら、なにか間違ったこと言った?」
乙弥は甲子の肩を借りてようやく立っている状態だ。あのまま蹴られ続けていたら死んでいただろう。
亨子の正論に、優介は二の句をつげなかった。
「……決闘だ」
「は?」
乙弥がまだ動く左手をあげ、優介を指差す。
その声には先ほどまでの優介を諭すような調子とは違い、明らかな怒りの色が表れている。
「金崎優介。僕はお前に……決闘を申し込む!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます