第6話 回想3: 年忘れの決闘

 底冷えする寒さのなか、2人の人影が日本庭園で対峙している。

 除夜の鐘の音が、夜風に乗って聞こえてくる。

 片方は優介ゆうすけ。仕立てのいいスーツのポケットに両手を突っ込み、相手を見下すようにたたずんでいる。

 一方の乙弥おとやは、先程優介に蹴られて骨が折れた手の甲や背中に治癒ちゆ呪符じゅふを貼り付けてなんとか立っている状態だ。


「ただいまより、金崎かんざき優介ゆうすけ木戸きど乙弥おとやの決闘を執り行います。見届け人は、僭越せんえつながら私、水面みなも大樹だいきが務めさせていただきます。なお、この決闘は手奈土てなづち屋敷全体に結界けっかいを張り周囲に知られぬよう秘匿ひとくしているため、ここで起こったことは一切他言無用に願います」


 水面家当主の大樹が屋敷の縁側に立ち、庭にいる2人に向けて宣言をしている。

 その後ろにある広間では、乙弥の姉甲子こうこ火村ほむら家当主で乙弥の婚約者でもある亨子きょうこ、大樹の妻で優介の姉であるつかさ、そして優介の妻さきが決闘の行方を固唾を飲んで見守っている。


「双方、決闘前に何か言うことはありますか?」


 大樹が2人に問いかける。


「……僕が勝ったら、咲さんに土下座して謝ってもらう」


 乙弥がまっすぐ優介を見据えて言う。


「じゃあ、俺が勝ったら――」


 優介が一旦言葉を切り、乙弥に向かって人差し指を弾く。『爪弾つまはじき』と呼ばれる嫌悪や非難、排斥を示す古い仕草だ。


「死んでもらおうかな」


 優介が柄から刃先まで闇を固めたように真っ黒な短刀――守護刀まもりがたなを構える。

 黒鋼こっこうという特殊な鋼を鍛えて作られる刀で、乙弥たち言霊師ことだまし霊器れいきと呼ばれる武器などを展開する時に用いるものだ。


「『我が手にあるは白金しろがねむち羅刹らせつとす』!」


 言霊師の調伏ちょうふく装束しょうぞくを展開せず、全ての霊力を手元の九節鞭くせつべんに注ぐ。


「相性不利のクセに喧嘩けんか売ってきた根性だけは……」


 優介が鞭を振るう。地面が大きくえぐれた。


めてやる、よっ!」


 鋼の鞭が空を切る。振るった軌道きどうは真っ直ぐに乙弥の首を狙う。


防御ぼうぎょする素振そぶりも無い。死ぬ気か?……ま、良いか)


 乙弥の首が吹き飛ぶかと思われたその瞬間。


 バァン!


「……はぁ?」


 巨大な蝙蝠こうもりの翼が九節鞭を防いだ。


秋山しゅうさん!」


「にひひっ。あいも変わらず鈍臭どんくさいのう、乙弥」


 蝙蝠の翼、熊の下半身、カモシカの角。青白い肌には歌舞伎かぶき隈取くまどりのような紋様もんようが浮かんでいる。


「うげー、お前モノノケなんか使ってんのかよ。気色悪っ」


「儂はモノノケではない!カミサマだぞ!」


 秋山が優介を威嚇いかくする。


「モノノケ風情ふぜいが人間ぶってんじゃねぇよ!『その首、もらい受ける』!」


 優介が秋山の首めがけて鞭を振るう。が、その鞭を秋山は片手で鷲掴わしづかみにした。


「わざわざ狙う場所を言うてくれるとは、ありがたいのう」


 優介が鞭を手放す。


「うん?おっ?」


 手を離れた鞭は秋山の胴体どうたいに巻きつく。


「なーんてな」


 秋山の背後に回り込んだ優介が鞭のにぎる。


邪魔じゃますんなよ!『吹き飛べ』、『どっか行け』!」


「ぎゃわわわわ〜〜!?」


 鞭を引き抜くと、秋山の体がベーゴマのようにスピンしてそのまま飛んで行った。


「しゅ、秋山ー!」


******


「あっはっは!やっぱり秋山じゃ優介には勝てなかったか」


 決闘を見ていた甲子が、豪快に笑う。その手には小さな木彫りの笛――秋山を呼ぶための呪具が握られている。


「しっかし、乙弥もだいぶきてるねありゃあ。あたしが秋山を呼ばなきゃ死んでたよ」


 甲子がとっくりを手に取り、隣に座っている亨子に酌をしようとする。しかし、鏡子がそれを制止した。


「さて、亨子はどっちが勝つと思う?」


「そうね……金克木キンはモクに勝つだし、優介の方が霊力も技術も圧倒的に強い。普通に考えたら乙弥くんに勝ち目はない、けど――」


 亨子はそこで一度言葉を切り、甲子に微笑み返した。


「乙弥くんは負けない。そうでしょ?」


 その答えに、甲子は満足そうに笑う。


「よく分かってるじゃないの。……乙弥は大して強くもないくせに、他人の揉め事にすぐ首を突っ込む。だけど、あいつは絶対、負けるケンカは売らない。ケンカ売ったからには、必ず勝って帰ってくるのさ」


 2人は再び、目の前の庭園に視線を移した。


******


 優介が鞭を振り回しながら、乙弥ににじり寄る。


「頼みの綱のモノノケくずれもいない。霊器を出す余力も残ってない。さて、ここからどうやって勝つのかな?浅葱袴あさぎばかまの三流言霊師くん?」


 言霊師の調伏装束は、霊力れいりょくの強さによって袴の色が変化する。

 浅葱色(女性なら緋色)が最も弱く、紫、濃紫、白の順番に強くなっていくため、「浅葱袴(あるいは緋袴)」は弱い言霊師を揶揄やゆする意味合いを持つ言葉として使われる。つまり、優介は乙弥を馬鹿にしているのだ。

 優介が再び鞭を大きく振るう。鞭が風を切り、乙弥の喉元に向かってまっすぐ伸びる。


「『死ね!』」


 乙弥の喉元に鞭の切先が迫る。喉笛に切先が届くか否かの瞬間、乙弥の体が宙を舞った。


「な……っ!?」


 バク転で鞭を避けると、身体中に貼っていた治癒の呪符を剥がす。

 優介につけられた傷は、すっかり治っていた。


「秋山が時間を稼いでくれたおかげで、傷の治療に集中できました」


「馬鹿な……!お前の霊力じゃ、あの短時間で骨折を完全に治すなんて不可能――」


 そこまで言って、優介ははっと気づく。


「木戸家は木行、生命の力を司る……まさか、この庭中の草木から霊力を吸い上げたのか!」


「吸い上げるなんて勝手なことはしませんよ。ただ、です」


 乙弥の言葉に、庭木がザワザワと揺れる。風もないのに揺れる枯れ木たちは、まるで意思を持って頷いているようだ。


「形勢逆転、ですかね」


 除夜の鐘が鳴り止んだ。乙弥の反撃が、始まる。

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