第15話 満月の伝説

ケイレブを取り逃がしたその後、エミリーさんの魔法と人々の協力によって、マジカルエンシェントの街では崩壊した図書館や街の修復作業が行われていた。


瓦礫の山からは気絶していたミョウジョウが見つかったくらいで、その他に大きな怪我をした人は居なかったらしい。


爆発が起こった時、図書館の利用者はごく僅かだった事や爆発が起こった箇所が私達以外に人が居なかった2階の封印の蔵だった事が被害を最小限に抑えられた要因という事だった。


その話を聞いても私は胸をなでおろす事は無かった。


エヴァンさんが死んだ。


その事は紛れも無い事実だったからだ・・・。


「隣、いい?」


私がぼうっと座って修繕作業を眺めているとエミリーさんが声を掛けてきた。


「あー、疲れた。こんなに魔力を使ったのも久しぶりだわ。」


青いショートカットがよく似合う、私とそう変わらないであろう魔法使いのその女の子は額に大粒の汗をかいている。


「どう?体もラクになったでしょ?」


「うん。ありがとう・・・。」


はじめてちゃんと魔法を使い、すっかり魔力切れとなった私の体も、エミリーさんが掛けてくれた魔法のお陰ですっかり動くようになった。


しかし・・・。エヴァンさんの死が頭から離れなかった。


「どうしたの?」


エミリーさんが私に尋ねる。


「別に・・・。ねぇ、エミリーさん。」


「なに?」


「エミリーさんって魔法で死んだ人を生き返らせる事は出来ないの?」


エミリーさんは私の問いに優しく答えた。


「・・・無理よ。そんな大魔法を使える魔法使いはもう、族長くらいなもんだし、その族長も今は何処に居るのかもわからない。」


「そっか・・・。」


「・・・エヴァンさんの事ね?」


エミリーさんは優しい口調で私に尋ねた。


「うん。・・・私のワガママのせいで、エヴァンさんが・・・。」


「それは違うわ、ソルちゃん。悪いのはケイレブよ。ソルちゃんが気に病む事じゃない。」


「・・・私、何となく日々を生きて、何となく結婚して、何となく年老いて、気付いたら死ぬもんだと思ってたの。誰に迷惑かけるでもなくね。」  


気付けば私は独り言のように自分の気持ちを吐き出していた。


「それがどうしてこんな事に・・・。」


「ソルちゃん・・・。」


消え入りそうな声でそう言う私に、エミリーさんは思わぬ事を言い始めた。


「・・・わかったわソルちゃん。もし、エヴァンさんを生き返らせる方法があるって言ったらどうする?」


「・・・方法があるの?」


「ええ。簡単じゃないけどね。」


私はエミリーさんに尋ねた。


「一体どんな?」


「ソルちゃんは、満月の伝説って知ってる?」


「知ってるも何も・・・。」


その言葉に私は再び驚いた。


「私たちはその伝説を調べにこの街に来たんだから。」


「私たち?」


「何だ何だ、何やら気になる会話をしてるじゃねぇか。」


その声に振り向くと、そこにはようやく目覚めたミョウジョウとルシフェルが立っていた。


「あら、君はさっきの。」


「・・・さっきは助けてくれてありがとう。助かったよ。」


そう言ってルシフェルはエミリーさんに頭を下げる。


「アナタたち知り合いなの?」


そう私に尋ねるエミリーさんに、私はこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。




「へぇ、そんな事がねぇ。」


エミリーさんのような魔法使いでも、こんな話は聞いた事がないという。


「それで、満月の伝説って言うのは?」


ミョウジョウはエミリーさんに説明を促した。


「ああえっと。ソルちゃんがアナタ達を召喚した時、空に浮かぶ満月が眩い光を放ったのは覚えてる?」


「ええ、それがなにか?」


「満月があの光を放っている間、満月からは9つの石が降ってくると言われているの。」


「9つの・・・月の石?」


「そう。その月の石を手にした人は、どんな願いも一つ叶える事が出来ると言われている。」


「どんな願いも・・・。」


「一つだけ・・・。」


ルシフェルとミョウジョウは声を合わせた。


「そして、そのうちの一つが、この先の『トト岬』って所に落ちたって話らしいんだけど・・・。」


エミリーさんはこちらに視線を向けている。


「・・・その石があればエヴァンさんを生き返らせる事が?」


「ええ。出来ると思うわ。」


「ちょっと待て。なんでお前が月の石がトト岬に落ちた、なんて知ってんだ?そんな便利な石の情報をやすやす人に教えるなんて、なんか裏があるだろ?」


ミョウジョウがエミリーさんに尋ねた。


「私だって本当は使いたいわよ。そんな便利な石があれば、何だって出来ちゃうんだから。でも、族長命令なんだからしょうがないの。」


「どういう事だ?」


「私は、私たち魔法使いの一族は今、月の石を集めるために動いてるの。月の石の力が悪用されないように。」


「だったら僕らにその情報を教えるのはマズイんじゃないのか?」


ルシフェルは言った。


「私たちはあくまで月の石を悪に利用されるのを防ぎたいだけ。それこそケイレブのようなね。」


「僕たちだったら悪用しないと?」


「そう思ったから教えたんだけど。違ったかしら?」


エミリーさんのその言葉に何故かルシフェルは何も答え無かった。


「で、どうする?ソルちゃん。エヴァンさんを生き返らせる為に使うのか・・・。アナタには別の目的もあるんでしょ?」


私はチラリと2人の方へ目線を向けた。


「なぁ、俺たちの世界の方はどうなってんのかなぁ?この世界に来て、もう結構時間も経ってるんだが。」


ミョウジョウはエミリーさんに尋ねた。


「時間の事なら大丈夫。時間が流れてるのはあくまでこちらの世界だけ。アナタ達の世界の時間は召喚された時の時間で止まっているハズよ。」


「そうなのか・・・。だったら俺は後回しでもいいや。この世界をもうちょっと見てみたいしな。」


そう答えるミョウジョウの隣でルシフェルは複雑な表情を浮かべていた。


「ミョウジョウも後回しでいいの?」


「・・・好きにすればいいじゃないか。」


ミョウジョウのその答え方は少し気掛かりだった。


でも・・・。


「エミリーさん、その石、私たちに譲って下さい。」


私にはエヴァンさんをそのままにしておく事は出来なかった。


「・・・わかったわ。じゃあ、ソルちゃんちょっとそのままね。」


「?」


エミリーさんは私に手を向けて魔法を唱えた。


オレンジ色の光が私の体を優しく包む・・・。


「あの時の魔法・・・。あぁ、暖かいわ。」


「これで魔力も満タンよ。さぁ、アナタ達もこっちに来て。」


そう言ってエミリーさんは次にミョウジョウに魔法をかけようとした。


しかし・・・。


「あっつ!熱いって!!何だよコレは!?」


「何って、魔力回復の魔法よ。ひょっとして魔王の息子に光魔法ってダメなの?」


「ダメに決まってんだろ!殺す気か!!」


魔王の息子のミョウジョウには光魔法の加護はむしろ致命傷になるらしい。


「そっか。じゃあアナタもこっちに。」


そう言ってエミリーさんはルシフェルを招き寄せようとした。


「いや、僕もいいよ。・・・先に行ってるね。」  


そう言うとルシフェルは一人で何処かに歩いて行ってしまった。


「ルシフェル、どうしたのかしら?」


私はミョウジョウに尋ねた。


「知らねぇよ。あいつ何処行くつもりなんだ?」


「あの方向は・・・トイレね。」


エミリーさんは言った。


「トイレ?誰か連れションの約束してたか?先に行くって、約束してた?」


「そんな訳無いでしょ・・・。」


それにしてもルシフェルはどうしたのだろうか?


この時のルシフェルの気持ちは私にはわからなかった。


「でもエミリーさん。どうして魔力回復魔法をかけてくれたの?」


「言ったでしょ。簡単じゃないって。」


「聞いてないが。」


「アンタにはね。ソルちゃんには確かに言ったわ。」


口を挟むミョウジョウを無視してエミリーさんは続けた。


「ケイレブが盗んだでしょ。『悪のるつぼ』を。」


「それがなにか?」


「『悪のるつぼ』にはね、魔王の魂と、魔王の放つ狂気が封印されているの。」


「魔王の放つ狂気・・・?」


私はエミリーさんに尋ねた。


「魔王の放つ狂気は、それまで眠っていた魔物を目覚めさせる力があるという。そしてその狂気は、勿論私たち人間にも影響があるのよ。つまり・・・」


「襲われる危険があるって事か!色んな奴らに!!!」


突然大声を出したミョウジョウに私は驚いた。


「ちょっと辞めてよ、ミョウジョウ!」


「そういう事。いざという時に魔法が使えないとね。でもまぁ、トト岬はここからすぐ近くだし、この辺りは危険な魔物と出くわす可能性も低いとは思うんだけど。一応、念には念を入れてね。」


「着いてきてくれたらいいじゃねぇか。すぐ近くなんだろ?」


「そうしたいんだけど私は行けそうに無いわ。まだまだ街を修復しないといけないから。」


「そうなのね。ミョウジョウもルシフェルも魔法が使えないから、エミリーさんが居れば私も安心だったんだけど。私だって次も召喚魔法が上手くいくとは限らないし。」


「え?魔法使えないの?魔王の息子の癖に!」


エミリーさんは驚いている。


「うるせぇな。エーテルがあれば使えない事も無いんだが。」


「エーテルって高いのね・・・。」


「そうなのよ。魔法使いも減って供給も減っちゃったからね。私たちも頭が痛いわ・・・。」


そう言うとエミリーさんは持っていたポシェットから小さなエーテルを取り出した。


「じゃあコレ。いざという時に使ってね。高いから。」


「ありがとう。エミリーさん。」


「腐ってないよな。」


「なんで?」


「気にしないで・・・。」


ミョウジョウはエーテルの蓋を開け臭いを嗅いでいる。


「じゃあ、私はそろそろ作業を再開するから。アナタ達も、気を付けて。」


「ありがとう。じゃあ、また。」


そう言って私たちは、瓦礫の方へ駆けていくエミリーさんを見送った。


「・・・私たちも行きましょうか。ミョウジョウ。ってアレ?どこに行った?」


気が付くとミョウジョウはフラフラと一人で何処かに歩いていっていた。


「ちょっと、ミョウジョウ!」


「先に行ってるぞ。」


「行くって何処に?」


「トイレだ。」

 

「・・・真似しなくていいから。」


こうして私たちは、月の石を探しにトト岬へと向かう事になった。


果たして本当に、月の石には願いを叶える力があるのだろうか?





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