第11話 封印の蔵

「ですから、そこをなんとか・・・。」


「ですから、規則は規則なんですよ。」


「またそれか。」


何の考えもないまま図書館に着き、同じやり取りを始める私にミョウジョウはそう呟いた。


「しょうがないじゃない。これといった作戦が何も思いつかなかったんだから。」


「どうせなら本当に賄賂でも渡してみるか?その鞄の中、まだなにか入ってるんだろ。」


そう言うとミョウジョウは私の鞄を漁りだした。


「ちょっと、ミョウジョウ。」


「ほら、この指輪なんかどうだ。」


ミョウジョウは魔法樹の魔物との戦いで見つけた指輪をカバンの底から取り出した。


「それはダメよ。いつか売るつもりなんだから。」


「なんで売るんだよ。親父さんが残してくれた大事な奴だろ。」


「どうせ残すなら現金でも残してくれてたら良かったのよ。」


そう言って私はその指輪を自分の指にはめ込んだ。


「どうしたのですか?」


「あ、エヴァンさん・・・。」


私達がそうこうしていると、騒ぎを聞きつけたのか奥から一人の男の人が姿を表した。


「この方達が言う事を聞いてくれなくて。」


そう言ってメガネの司書さんが私達を指差す。


「指を差すな、指を!」


「ちょっとミョウジョウ落ち着いて。」


「おや、君たちは。」


奥から現れたおじさんの顔に私は見覚えがあった。


「あれ?さっきのカメレオンの・・・。」


「やっぱり君たちか。何をしているんだ?」


「いやまあ、ちょっとね。おじさんこそ何か調べ物?」


「いやいや、おじさんはここで働いてるんだよ。」


おじさんはそう言って胸のネームプレートを突き出している。


そのネームプレートには『図書館館長・エヴァン・ピーターズ』と書かれていた。


「おじさん、館長さんなの?ええと、エヴァンさん。」


「ああそうだよ。それがどうかしたかい?」


「私達、はるばるこの街まで調べ物に来たの。無理を言ってるのはわかってるけど、何とかしてもらえないかしら。」


私はエヴァンさんに私達の身に起きた事情を全て話してみた。





「それで私たち、月の伝説を調べてみる事にしたんです。そこに解決の糸口があるんじゃないかと思って。」


「ううむ。そんな事がねえ。」


私たちの話を聞いたエヴァンさんは難しい顔でそう呟いた。


「ねえお願い、エヴァンさんの権限でなんとかならないかしら?」


「俺からも頼むよ。」


エヴァンさんはおっかなびっくりといった顔でミョウジョウを見ている。


「まさか魔王にお願いされる日が来るとは。しがないただの、図書館館長のこの私が。」


「いや、息子ね。俺は魔王の息子。」


「まあ、いいだろう。困っている子供に手を差し伸べるのが大人の務めだ。な?勇者どの。」


そう言ってエヴァンさんはルシフェルに話を振った。


「僕は勇者じゃないし、大人でもないんだけど。」


「それにお嬢ちゃんにはさっきカメレオンを譲って貰った恩があるしね。」


そう言ってエヴァンさんは私に笑顔を向けた。


「力になれるといいが。」


「ありがとうエヴァンさん!」


思いがけない形ではあったが、私たちはこうして何とか受付問題を解決する事が出来た。


「じゃあこの紙にお嬢ちゃん達全員の名前を書いて。」


「はい。」


私はエヴァンさんに差し出された紙を受け取り、そこに(ソル・メンデス)と名前を記入した紙を二人に回した。


「全員、きちんと名前は書いたね。よし。君たちの目当ての書物は封印の蔵に保管されてるかもしれないね。ついてきてごらん。」


そう言ってエヴァンさんは私達を2階へと案内してくれた。


「それにしても満月の伝説か、そういえば私の娘もその満月の夜に何かを拾ったと言っていたな・・・。」


「娘さんがいるんですね。」


ルシフェルは尋ねた。


「ああ、ちょうど君たち位の年の子がね。さっきのカメレオンは娘へのプレゼントなんだ。普段あまり構ってやれないから。」


「良かった。てっきり変な趣味のおっさんかと思ったぜ。」


心無い事を言うミョウジョウを無視して私はエヴァンさんに尋ねた。


「ねぇエヴァンさん。封印の蔵って?」


「魔法が失われつつあるこんな平和な時代、万が一にでも魔法が悪用されない様に、貴重な魔導書や魔法に関する歴史書、強力な魔法に関する書物は厳重に保管されてるんだ。魔法使いの一族が掛けてくれている魔法陣によってね。」


「魔法使いの一族?あんた等も魔法は使えるんだろ?」


ミョウジョウはエヴァンさんに尋ねた。


「私達も使えるには使えるが、使える魔法はごく僅かで微力な魔法だよ。魔法使いを名乗るのはおこがましいレベルさ。まぁ稀に魔法使いを名乗っても差し支えないレベルの魔法を使える者も居るが、そんなのは極稀の存在。もう私達の生活は科学の台頭によって魔法が使えなくても困らなくなってきているからね。魔法使いが居なくなりつつあるのがこの時代さ。」


「科学って言うのは何?」 


「俺にも教えてくれ。」


「知らないのかい?」


二人のその言葉にエヴァンさんは驚いている。


「ここに来るまでにも列車とか、クル魔があったでしょ?簡単に言うとあれが科学よ。」


「なるほど、つまり科学ってのは乗り物の事だな?」


「ううん、全然違う。」


私は二人に科学を説明するのは諦めて、エヴァンさんの話を聞く事にした。


「そんな時代に、魔法が全盛だった時代と何ら変わりなく強力な魔法を使う事が出来るのが魔法使いの一族だよ。彼らの魔法のお陰で、この平和な時代が成り立っていると言っても過言では無い。」


「そうなの?」  


「ああ。この先にある封印の蔵にはかつて君臨していた魔王の魂を封じた書物も保管されているからね。」


「まじかよ。そんな危険な物がその蔵に・・・。」


「君は魔王の息子だろ・・・。」


ミョウジョウの言葉にルシフェルが呆れた様に呟いた。


「そろそろ彼らが魔法陣の張替えを行いに来る頃だと思うんだが。」


「魔法陣を張替える必要があるの?」


「封印されてもなお、魔王の魔力は完全には失われて無いという。魔王の魔力が侵食して魔法陣の力も年々弱まっていくそうだよ。」


「ふぅん。」


「残念だ。君たち二人を魔法使いの一族が見たら何と言うか、みたかったな。」


エヴァンさんはそう言ってルシフェルとミョウジョウを見て微笑んだ。


「さぁ、ここが封印の蔵だ。」


私達が辿り着いたその蔵の壁一面には大きな魔法陣が描かれており、蔵の中からは一際異様な雰囲気が放たれていた。


「これが、封印の藏・・・。」


「随分と強力な魔法陣だな。触れるまでもなく強力な魔力が伝わってくるよ・・・。」


「それだけじゃねぇ。その奥にある、禍々しいオーラもな・・・。」


その蔵の異様な佇まいに、二人は私以上に驚いている様だった。


「じゃあ開けるよ。」  


そう言ってエヴァンさんはポケットから魔法陣が刻まれた不思議な球を取り出した。


「それは?」


「この蔵の封印を一時的に解除する、魔法使いの一族が作ってくれた魔法の鍵さ。この鍵の持ち主と、さっきの受付票に名前を記した者だけが、魔法陣の影響を受けずに蔵に入ることが出来るんだ。」


「また随分と複雑な魔法だね。エヴァンさんの言う通り、僕もその魔法使いの一族って人達に会ってみたくなったよ。」


ルシフェルがそう言って蔵に入ろうとした時、私は一人の男が遠くの方からこちらを見つめている事に気付いた。


フードを目深に被った男・・・。


その男の腕や足には見たことも無いイレズミが彫られている。


あれは誰だろう?そう思った次の瞬間、消えたと思ったその男が目の前に現れ、私に呟いた。


「すまない。」


そう呟いた男の体は次の瞬間、凄まじい爆音と共に弾け、図書館は封印の蔵と共に崩壊した。

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