第10話 到着!マジカルエンシェント

「ですから、そこをなんとか・・・。」


「ですから、規則は規則なんですよ。」


私が何度お願いをしようとも、眼鏡を掛けた司書の女性はその主張を変えようとはしなかった。


「魔導書や文献の閲覧は満18歳以上の利用者、または研究や調査の目的での閲覧に限ります。」


マジカルエンシェントに着いた私達は早速この旅の目的である図書館を訪れていたのだが、全員同じ15歳という事が判明した私たちには残念ながら肝心の閲覧資格が無かった。


「なんでおじさんはその事を教えてくれなかったんだろう?」


ルシフェルが私に尋ねる。


「おじさんの事よ、きっと単純に知らなかったんでしょうね・・・。」


「ええいこの堅物!ぶち破るぞ、その眼鏡を!」


凄むミョウジョウの迫力にも、その司書は全く動じる素振りも見せなかった。


「しょうがないよ二人とも。なにか別の手を考えよう。」


ルシフェルに促された私は、今にも司書に殴り掛かりそうなミョウジョウを宥め一先ず図書館を後にした。


「はあ、一体どうすれば・・・。それにしても・・・。」


マジカルエンシェントという街は私が想像していたよりも大きく、そして多くの人々が住んでいた。


「凄い、私の町とは全然違うわ。」


半獣人などの種族といった故郷の田舎町では決して見られない、様々な種族に私は感動を覚えた。


「お、たこ焼きが売ってるぞ。ルシフェル。」


「へえ、この世界にもあるとは感動だな。ちょっと財布を借りるよ、ソル。」


この街の大きさに感動を覚える私を他所に、二人は露店を見てはしゃいでいるようだ。


街の中心にそびえ立つ一目見ただけで歴史が感じられる大きな図書館に、趣のある古風な温泉宿。


何から何まで私の住む町とは違うのだ。


「おや?あれはなにかしら?」


私は街の一角に軒を構える小さなお店に興味をそそられた。


店の看板には『お土産店』と書かれている。


「お土産店、ねえ。」


おじさんから貰った路銀にはまだ余裕がある。


今日の宿代を差し引いても少しくらいは旅の記念に何か買えるはずだ。


町に帰ったらおじさんにお土産を売りつけてやろう・・・。


そんな能天気な考えが浮かんだ私はふらりとその店に足を踏み入れた。


「いらっしゃい。」


店主の老婆が気だるそうに声を掛けてくる。


「好きなだけ見ていきな。」


こじんまりとした店内では男性客が二人、綺麗に陳列されている商品をそれぞれ眺めていた。


「どれにしようかな・・・。」


「俺ならこれを買うね。」


いつの間にか現れたミョウジョウが私になにかを差し出している。


「なにそれ?」


「刀の形のピアス。カッコよくねえ?」


「いらないわよそんなの。どうせその辺に置きっぱなしにして、いつの間にかどっかいくのがオチなんだから。」


「これだからロマンのわからん女は。」


ミョウジョウは不服そうな顔を浮かべ何かを頬張っている。


「店での飲み食いは禁止だよ。」


「アンタ何食べてんの?」


「たこ焼き。」


「よかったらソルも食べるかい?」


ぬっと現れたルシフェルが買ったばかりのたこ焼きを差し出してきた。


「店で食うなっつてんだろ!」


店主の老婆は二人を睨んでいる。


「つうかお前、何を買おうとしてんだ?こんな店で。」


なおもたこ焼きを頬張りながらミョウジョウは私に尋ねてきた。


「だから食うなっつの!」


「まあまあおばちゃん、あんたにもやるからそう怒るなよ。」


たこ焼きを食べるなと怒る店主に、ミョウジョウはたこ焼きを差し出した。


「いや、あたしにもくれって怒ってんじゃないよ!食べるなって怒ってんの!店の品物が汚れるだろ!」


「チッ。賄賂で黙らせようとしたんだがな。」


「ミョウジョウは本当に馬鹿だな。」


賄賂・・・ミョウジョウのその一言に私は閃いた。


「ねえ、二人とも。」


「ん?」


「あのメガネの司書さんに賄賂的な何かを買って渡せば、ひょっとして閲覧許可が貰えたり・・・。」


「しないよ。」


私の提案を冷静に否定するルシフェル。


「ミョウジョウみたいな事言わないでくれよ、ソル。」


「俺はいい案だと思うぜ、ソル。あいつメガネしてたもんな。メガネを賄賂で渡すってのはどうだ?」


「・・・君は他人からメガネを貰って嬉しいのかい?」


「メガネしてねえからわかんねえよ。馬鹿な事言わないでくれ、ルシフェル。」


「・・・僕が悪いの?」


「いや、私が悪いわ。賄賂はやめよう。変な事言ってごめんね・・・。」


「気にするな。悪いのはルシフェルだ。」


「え?・・・僕が悪いの?」


視線をこちらに向けるルシフェルを無視し、とりあえず私は何かを買ってみようと品物を手に取ってみた、のだが・・・。


「ロクなモンがないわね。この店。」


「店主の目の前で口にする言葉じゃ無いわな。」


店主の老婆に睨まれてしまった・・・。


「ちょいとごめんよ、おじょうちゃん。」


そう言って先程まで商品を眺めていた屈強な体をした男が私の前に割り込んできた。


「このマジカルエンシェント特製エーテルくれ。」


「はいよ。」


その男はこの店で一つしか置いていないポーションを購入するようだ。


「いいなあ。私も欲しい。」


「値段見てみな。あんな高級品、僕たちじゃあ買えないよ。」


ルシフェルに言われ値段に目をやった私は驚いた。


「たっか!こんな値段すんの!?ぼったくりじゃないのこの店?」


「店主の目の前で口にする言葉じゃ無いわな。」


店主の老婆がまたもや私を睨んでいる・・・。


若干の気まずさを覚えた私は、申し訳なさから何か一つだけ買ってみることにした。


それにしてもこの店はお土産屋というにはあまりにもお粗末な品揃えだ。


しかし品揃えの悪さ以外にも、私にはあまり値の張る物は買えないという現実的な問題がある。


となると、私が買えるのは目の前のおまんじゅうか、それともこの釜を持った死神の置物だ。


一つしかないその死神の置物は何故かカメレオンの顔をしている・・・。


「これにしようかな。」


趣味が悪いとは思いつつも、私はカメレオンの置物に手を伸ばした。と、その時・・・。


「あっ。」


私と同時に白髪交じりで小柄の男性が同時に手を伸ばしてきた。


「ありゃ、お嬢ちゃんもこれが欲しいのかい?」


「え?いや、まあ・・・。」


後ろからミョウジョウが覗き込む。


「何だそれ、怖い人形だな。そんな怖いもん買うなよ。」


とても魔王の息子が言う事とは思えない。


「ああ、よかったら、どうぞ・・・。」


ミョウジョウの一言で我に返った私はおじさんにその置物を譲ることにした。


「いいのかい?ありがとう。娘がこういった物が好きでね。」


おじさんは会計を済ますと私に頭を下げ店を出て行った。


これで買えるものがまんじゅうだけになってしまったわ。


あまり気乗りはしなかったのだが、私はまんじゅうを手に取り、店主の老婆にお金を差し出した。


「これ下さい。」


「それじゃあお金が足りないよ。」


老婆は顎をしゃくり、まんじゅうの金額をよく見るように、と促す。


「え?たっか!やっぱぼったくりじゃんこの店!」


「この街じゃあこれが普通だよ。まあエーテルは適正価格だが。普通のエーテルだけどね。」


ゼロの正しい桁数とこの店の真意に気付いた私はまんじゅうを元の場所に戻し、老婆の冷たい視線を背中に受けながらお土産屋さんを無言で後にした。


「・・・一体、私はあの店に何をしにいったのかしら。」


「知らねえよ。」


私の嘆きにミョウジョウがそう呟いた。


「ま、まあ、賄賂が無くたって、もう一度ちゃんとお願いすれば彼女だって考えを変えてくれるかもしれないし!」


気持ちを切り替え前を向こうとする私に、ミョウジョウは更に言い放つ。


「やらなくても分かるって事もあるんだぞ。」


私は聞こえないフリをしつつ、もう一度彼女がいる図書館へと向かう事にした。




町はずれの古びたモーテルにその男は部屋を取っていた。


男はドアを開き、もう一人のイレズミが入った男に声を掛ける。


「よう、またせたな。」


しかし、その言葉におびえた様子をみせるだけでイレズミの男は言葉を返そうとはしなかった。


「まあ、いいか。」


その男が荷物を卸そうとした隙をつき、イレズミの男は逃げ出そうとした。


「グッ。」


「逃げるなよ。無駄だとわかってるだろうが。」


怯える男の体を蹴り上げその男は腰を下ろした。


「た、頼む。見逃してくれ・・・!」


力を振り絞り、必死に懇願する怯える男。


「だから、それも無駄だって。」


懇願するイレズミの男に目もくれずそう言い放つと、男は買ったばかりのエーテルを怯える男に差し出した。


「飲めよ、最後の仕事だ。」


「何故、こんな事を・・・!」


「今更聞くのか。」


男は懇願する男の目を真っすぐ見つめ言い放つ。


「魔王復活の為さ。」

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