第9話 始動

「お、もう行くのか?」


荷造りを終えた私にジェレミーさんが声を掛けてきた。


「うん。本当は昨日のうちに出発する予定だったんだけど。」


「そうか。寂しくなるな。ロビンもまた居なくなるし。」


「俺はそのうちまたお世話になりますよ。」


聞けばロビンは各地を転々としながら馴染みの店で酒を出す、言わば流しのバーテンダーをやっているという事だ。


そんなロビンも私たちと同じタイミングでミストフォグを発つという。


「お世話になりました。」


そう言って私はジェレミーさんに頭を下げた。


「元気でね!お兄ちゃん!」


「ああ。ジェイクも元気でな。」


「で、お前らはどこに行くんだっけか?」


ジェレミーさんが尋ねる。


「これからマジカルエンシェントに行って、そこで少し調べ物をね。」


「そうか。ま、気が向いたらまた寄れや。ロビンの酒はねえかもしれねえけどな。」


「ロビンの酒が飲めないなら寄らねぇよ。」


「全くミョウジョウは、素直じゃないんだから。」


「へっ。可愛げの無い奴め。」


そう言ってジェレミーさんは笑顔を浮かべている。


「ありがとう。ジェレミーさんもお元気で!」


こうして私たちはジェレミーさんたちに別れを告げ、ミストフォグの町を後にした。


いざ目指すはマジカルエンシェント、果たして二人を元の世界に返す術は見つかるのかしら・・・。




「あ、忘れ物したかも。」


やっとの思いで山道を下って駅に着くと、ロビンがそう呟いた。


「マジかよ。また戻んのかよ。」


「なんで忘れ物なんかするかな。」


ロビンをルシフェルとミョウジョウが責め立てる。


「いやいや、俺一人で戻るから。」


「えー?せっかく知り合いになったんだから、一緒の列車に乗りましょうよ。」


「どのみち君たちとは別方向の列車なんだよ。だからここでお別れって事で。」


「なんだ、そうなの。電車でゆっくりと世界の事とか色々と聞きたかったのだけれど、残念ね。」


「そういえばロビンって満月の伝説について詳しそうだったよな?何か知ってんじゃないのか?」


ミョウジョウがロビンに尋ねた。


「いや・・・知らないな。」


ロビンはその言葉とは裏腹に何か知っている様な素振りを見せた。


「そう、か。」


ミョウジョウも私と同じ様にロビンの答えを信じてはいないようだ。


「じゃあ、元気で。」


「お前もな、ルシフェル。」


来た道をまた歩いて戻っていくロビンを見送りながら、ミョウジョウは疑問を口にした。


「なんでアイツ魔法使わないんだろうな。」


「いやぁ、魔法使うのも案外疲れるからだろ。」


ミョウジョウの疑問にルシフェルはそう答えた。


「でも歩いたって疲れるじゃねぇか。歩くしんどさよりも魔法の疲労の方がまだマシだろ。」


「それもそうだな。・・・ひょっとしてロビンはああ見えて・・・」


徐々に小さくなっていくロビンの後ろ姿を見つめながら、二人は言葉を合わせた。


「馬鹿なんだろうな。」


「アンタたちさあ、旅先で知り合った人を見送りながら、悪口をしみじみ言うの、辞めようよ・・・。」


本人に聞こえてない事がせめてもの救いだと思いながら、私はロビンの後ろ姿を見送った。


_一番線、列車が到着します。_


ホームにアナウンスが響き渡る。


「ほら、急ぐわよ!」


私は二人を急かし、マジカルエンシェント行きの列車へと飛び乗った。






町の入り口付近にあった魔法樹の群生地だった辺りまで戻った俺は、霧の魔法を入れておいたシェイカーを鞄から取り出し、辺り一面に振りまいた。


白い霧が辺りを包み込む。


これで人目に付くことも無いだろう・・・。


暫くすると霧の中から僅かに魔法陣の光が煌めくのが見えた。


「お、ロビンか。どうだった?」


魔法陣の中から現れたその男が俺に声を掛けてきた。


「うーん、一足遅かったよ。」


「どういう事だ?」


俺の言葉にフードを被った男は少しイラ立ちを見せる。


「まあ落ち着けよ。予想外の事が起こったんだ。」


「予想外の事?」


「ああ。なんと月の石は生物以外にも影響を及ぼすらしい。」


俺は月の石の影響によって、魔法樹が魔物となって目覚めた事をその男に説明した。


「て事は、伝説には間違いはなかったんだな?」


「ああ、間違いないだろうね。」


男は笑みを浮かべ、俺に尋ねた。


「では、魔王復活に問題は?」


「・・・それも問題は、無い。」


俺のその言葉を聞いて男は安心したのか、笑い声をあげている。


「それにしても、なんでこんな平和な世に魔王を復活させようとするんだか・・・。」


そんな俺の嘆きを男は気にも留めていないようだ。


「まぁ俺には関係ないけど・・・。ほら。」


俺は約束の物を貰おうと、男に片方の手を差し出した。


「ははははは・・・!!ん?なんだ、その手は?」


「いや、今回の報酬・・・。いち早くこの町に月の石を探しに来たのは俺だぜ?」


「ほう、それで?その月の石とやらは何処に?」


「さっきの話聞いたろ?魔物を目覚めさせたから、月の石はもう無いんだよ・・・。」


「ふん・・・。そんなつまらん話に金を払う位なら、俺はスタンダップコメディでも聞きに行くさ。」


「そんな趣味あんだ・・・。」


「・・・。金を稼ぐのはそう簡単じゃ無い。

報酬が欲しければ、残りの月の石を探してくる事だな。」


「・・・わかったよ。で、『アンタたち』はこれからどうすんだ?」


「仲間がマジカルエンシェントに向かってるはずだ。『悪のるつぼ』を手に入れる為にな。」


「マジカルエンシェント・・・。マジかよ。」


嫌なタイミングで物事は起こるもんだと俺は思った。


「どうかしたのか?」


「いや、何でもないさ。・・・俺は俺で月の石をまた探してみるよ。」


「お前はまだ俺たちを手伝う気があるんだな。」  


移動魔法を発動させようとする俺に、その男は尋ねた。


「魔王復活を目論む俺たちに、何故お前は手を貸すんだ?」


「金の為だよ。アンタらのトコのバイトはなんだかんだギャラがいいからな。」


「金の為だと?」


俺の答えに男は少し驚いた様子を見せた。


「金以外に何がある?・・・こんな世界、クソ喰らえだ。」


男の質問にそう答え、俺は魔法陣の中に飛び込んだ。


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