第7話 魔物あらわる (2)

僕が町に駆け付けると、フォギータウンの町はすでに恐怖と混乱に飲み込まれていた。


「お終いだ!」


「誰か助けて!」


人々が逃げ惑う中、一人の少年が町に現れた魔物と対峙しているのが見えた。


ジェイクだ。


「く、来るならこい!オイラが相手だ!」


「ククク、随分と威勢のいいガキだな。」


ジェイクに向かって放たれたツルを剣でいなし、僕は魔物と向き合った。


「子供から狙うとは。どこの世界も魔物は卑怯なものだな。」


「お兄ちゃん。」


「よく頑張ったな、偉いぞ。後は任せろ。」


ジェイクは震えながら今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。


その瞬間、魔物がツルを伸ばしこちらに攻撃をしかけてきた。


魔物の攻撃を剣でいなし、僕は魔法を唱える。


- ルークス・サーンクタ!アルクス! -


勇者である父さん直伝の魔法。


空に浮かぶ魔法陣から無数の魔法の弓矢が放たれる白魔法だ。


この程度の魔物には過ぎた魔法、のはずだった。


・・・魔法が発動しない・・・?


戸惑う僕をあざ笑うかのように、魔物の攻撃が容赦なく僕を襲う。


「お兄ちゃん!」


寸前で躱したはずだが、脇からは血が出ている。


- ルークス・サーンクタ!アルクス! -


もう一度魔法を唱えた。


・・・が、やはり魔法は発動しない。


魔物は不敵な笑みを浮かべ、追撃を仕掛ける。


くそっ!何故魔法が使えない!


襲い来るツルをいくら切り落としても、休む間もない攻撃が次々と襲ってくる。


キリがない、このままじゃジリ貧だ・・・。


魔物に苦戦する僕を見て、パニックに陥る住民たちが更に騒ぎ出した。


「なんだよアイツ!クソの役にも立たねえじゃねえか!」


「今のうちに逃げましょう!」


・・・クソ。


いくら強がってみせようが、結局僕は父さんのようには、勇者のようにはいかないのか。


こんなハズでは無かったのに…。





ミョウジョウの言葉に私は耳を疑った。


「魔法が使えないですって?」


「ああ。まさかの事態だ。」


ミョウジョウは魔物を見据えたまま答えた。


私がうっかり召喚してしまった男の思いがけない事態が、まさかのタイミングで露呈した。


「なにやら勝手にピンチの様だな。」


そう言うと魔物は私たちに容赦なく攻撃をあびせ始めた。


魔物の体から伸びる無数のツル攻撃から、私とロビンは身をかわす事で精一杯だった。


「どうすんのよ?この状況!」


「まぁ焦るな、少し驚いただけだ、よ!」


そう言うとミョウジョウは魔物の攻撃を難なく躱し、次の瞬間には魔物を蹴り飛ばしていた。


「魔法が使えないくらいどうって事ねえさ。」


「驚いた・・・。君、えらく強いんだね。」


吹き飛んでいった魔物の方向を見ながら驚いた様子のロビンは言った。


ミョウジョウの放った蹴りの衝撃で、辺りに生えていた魔法樹の一部が跡形もなく弾け飛んでいる。


「普段はそうは思えないけど、流石は魔王の息子ね・・・。」


「え?魔王の息子なの?」


ロビンはさらに驚いている様子だ。


「・・・まあな。」


「あらあら、ミョウジョウったら照れちゃって。」


「照れてねえよ!そんなことより、ルシフェルも魔法使えないんじゃないのか?」


ミョウジョウのその言葉に私ははっとした。


ミョウジョウが魔法を使えないのなら、きっとルシフェルも同じはず。


「・・・でも、勇者の息子ならそれくらい問題ないんじゃないの?」


「・・・親父が言っていたことがある。勇者以外は取るに足らない連中だと。」


私の疑問にミョウジョウはそう答えた。


「それなら、助けに行った方が良さそうね。」


「そうだな。それに、こっちの世界でのあいつは・・・。まぁ、いいや。」


ミョウジョウは何を言い淀んだ様だった。


「危ない!」


ロビンが叫んだ次の瞬間、凄まじい勢いで伸びてきたツルが、私の顔をかすめた。


「おいおい、まさかあの程度の攻撃で倒せたつもりでいるのか?」


ミョウジョウが蹴り飛ばした魔物が再び姿を現した。


「何だかわからんが、エネルギーがどんどん湧いてくる。あの程度の攻撃、いくらでも耐えられそうだ。」


砕けたハズの魔物の体が、見る見るうちに修復されていく。


「クソめんどくせえ。やっぱり魔法を使えないのは問題あるな。」


ミョウジョウは飽きれた様な顔を浮かべている。


「そんな達観してないでなんとかしてよ!」


「なんとかって言われてもよ。おい、ロビン!お前はなんか出来ねえのか!?」


魔物の攻撃を必死に躱しながらロビンは答えた。


「だから、俺は戦闘は苦手なんだって!・・・そうだ、ソル!」


「何!?」


「君、鞄持ってたろ?あの中に何が入ってるんだ!」


旅に出る直前、私は父さんが家に残していた魔道具を手当たり次第に適当に鞄に入れていた。


「色々詰めたからわかんない!でも、魔道具も入れたと思う!」


「よし!なら任せろ!」


そう言ってロビンは呪文を唱えた。


__ マギア!モーベンス!__


空間に魔法陣が浮かび、その中にロビンは飛び込んだ。


「あいつどこ行ったんだ?」


魔物の攻撃をいなしながらミョウジョウは尋ねた。


「わからない!」


「まさか逃げたのか。」


ミョウジョウのその言葉に反応するように魔法陣の中からロビンの声が聞こえる。


「そんな訳ないだろ。ほら、ソル!」


魔法陣の中からロビンがこちらに向けて何かを投げてきた。


「うわ、私の鞄。」


「僕は移動魔法が得意でね。店から君の鞄を取ってきた。使えそうなものはある?」


鞄の中身を改めて確認してみると、何かの缶や装飾品、飲み物らしきものなどが入っている。


その中で私は目に着いた緑色の缶を手に取ってみた。


「ええと・・・森の香りって書いてあるわ。」


「それはただの消臭剤だ!」


「なんでこんなものが!」


「知らないよ!君が入れたんだろ!」


「えー・・・じゃあこれは?」


私は手に取った赤い缶を確認してもらおうとロビンの方へ投げたのだが、それをロビンが手に取る前に、大きな爆音を上げ破裂してしまった。


どうやら爆弾の一種だったようだ。


「危ないな!なにすんだよ!」


あわやのタイミングで爆発から難を逃れたロビンが怒鳴る。


「ゴメンって!爆発するとは思わなくて!」


「でも、それなら使えそうだ!それを魔物に投げろ!」


「今ので最後だったみたい!」


「君って奴は!」


「おい、お前らさっきから何やってんだよ!」


私達のやり取りを横目で見ていたミョウジョウが怒鳴っている。


まだ他になにか役に立ちそうなものは・・・。


「あ、これってひょっとして・・・。」


「何があった?」


ロビンが尋ねる。


手のひらサイズの小瓶に入った水色の液体、これはおそらく・・・。


「エーテルよ。エーテルがあったわ!」


ロビンが喜んでいる。


「ナイスだ!さっそくそれをミョウジョウに・・・。」


「え?でもエーテルって飲むんでしょ?もう10年以上前の奴よこれ・・・。」


「気にしてる場合か!早くそれをミョウジョウに渡すんだ!」


私はエーテルをミョウジョウに投げ渡した。


「10年前の奴って聞こえたけど!」


「だからそういう状況じゃないって!」


もどかしそうに叫ぶロビン。


「それに、これ飲んでも魔法が使えるようになるのかもわからないだろうが。」


「やってみないとわからないだろ!」


エーテルを飲むことをしぶるミョウジョウに容赦なく魔物の攻撃が襲い掛かる。


「おっとあぶねえ。ああクソ!こうなりゃヤケだ!」


ミョウジョウはエーテルを一気に飲み干した。


「グッッ・・・!なんだこりゃ・・・魚の腐った汁みたいな・・・ごほっごほ・・・。」


「どう?魔力は感じる?」


私は悶えるミョウジョウに尋ねた。


「うう・・・。魔力?・・・おおお?」


ミョウジョウの顔に笑顔が浮かび上がってきた。


「流石に満タンとはいかねえ程の微々たる魔力だが、十分だ。そうだ、ずっと感じていた違和感・・・。この感覚が足りなかったんだ!」


「よっし!やっちゃいなさい!ミョウジョウ!」


私はミョウジョウを焚きつけた。


「何を騒いでやがるんだ!さっさと俺に倒されちまいな!」


魔物の体が盛り上がり、一層激しい攻撃をミョウジョウに仕掛ける。


しかしミョウジョウはその攻撃を難なく躱し、先ほどの様に何かを魔物に向けて構えた。


「見の程を知るんだな。」


__イムプルスス!___


ミョウジョウがそう唱えると、構えた物の先端から魔法陣が出現し、真黒な衝撃波が放たれた。


「ぐがあああああああああ!!!」


「うるせぇなぁ。哀れな新生児め。」


立ち込める砂煙を見つめながら、ミョウジョウは再びそのセリフを口にした。


「だから趣味悪いっての、そのセリフ。」


暫く続いた断末魔の叫びが消えると、さっき迄いたはずの魔物の姿も跡形もなく消し飛んでいた。






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