第6話 魔物あらわる
その夜、俺は夢を見た。
この世界に召喚される前の親父の元にいた頃のある日の夢____。
それはまだ俺が8歳の時だった。
真っ白で綺麗な鳥が一羽、城の裏にある森に迷い込んでいた。
その鳥はある日敵に襲われ怪我をした。
翼を怪我した鳥は血を流し、俺が見つけた時には既に死にかけているようだった。
その鳥を見つけた俺は、その鳥を世話してみることにした。
別に助けたかった訳じゃない、ただのほんの気まぐれだったんだ。
それから俺はその森に足しげく通い、怪我を負った鳥の世話をした。
するとその鳥は俺の世話の甲斐もあり、見る見るうちに元気を取り戻していった。
その姿を見た俺の中に、親父との生活で感じた事のない初めての感情が生まれていた。
「もう少しで飛べるようになる。」
だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、その鳥が再び飛ぶ事は叶わなかった。
いつもの様に森へ行くと、その鳥は変わり果てた姿で打ち捨てられていたのだ。
天敵に襲われたんじゃない事は鳥のその無残な姿を見てすぐにわかった。
俺の中にまた新しい感情が生まれたのを今でも覚えている・・・。
俺が城に戻ると、城の前に立っていた親父が声を掛けてきた。
「元気な鳥だったな。」
そう言った親父のその笑顔を、今でも俺は覚えている____。
久しぶりに目覚めの悪い夢だった。
目を覚まし外に出た俺は、昨日倒れていたジェイクが『ライブラ』の前にいるのを見つけた。
「よおジェイク。何してんだ?」
ジェイクの足元には一匹の犬がいた。
「お兄ちゃん、誰?」
俺の問いかけにジェイクは少し身構えている。
「そういやお前気絶してたんだっけか。覚えてるわけねえわな。」
「・・・ひょっとして、昨日助けてくれた人?ジェレミーさんに聞いたよ。」
「俺は見てただけだがな。怪我はどうだ?」
「別に。どうってことないよ。」
「それにしてもお前、あんな時間に一人で何してたんだ?」
「あそこはコイツの散歩コースなんだ。」
そう言ってジェイクは子犬の頭を撫でた。
「昨日もコイツを連れて魔法樹の群生地を散歩してたんだけど、何かの気配を感じて驚いてコケちゃったんだ。その時にコイツも逃げて行っちゃって・・・。まあこうして戻ってきてくれたからよかったけど。」
子犬はジェイクに撫でられて気持ちよさそうにしている。
「大切なペットなんだな。」
「ペットじゃないよ。友達さ。父ちゃんがくれたんだ。父ちゃんがいなくても寂しくないようにって。」
「ほっつき歩いてるっていう親父か。」
「ほっつき歩いてるんじゃないやい!」
「ほっつき歩くって意味わかんのか、子供の癖に。」
「ジェレミーさんがいつも悪戯っぽく言ってくるからね・・・。」
ジェレミーの意地悪そうな笑顔が俺の目に浮かんだ。
「父ちゃんは凄いんだ。魔法を使って色んな人の手助けをして世界を回ってるんだ。コイツだって死にかけてた所を、父ちゃんが助けたんだよ。」
ジェイクは誇らしそうだ。
「…自慢の親父か。」
「うん!おいら、大きくなったら父ちゃんみたいになる!」
ジェイクの笑顔をみて、俺はあの時の親父の笑顔を思い出していた。
「ねえ、あの人たち、お兄ちゃんの知り合い?この辺りじゃ見掛けない顔だけど。」
ジェイクが指をさす方を見てみると、『ライブラ』の中からソルとルシフェルがロビンを連れ、どこかに向かっているようだった。
俺はジェイクの子犬を軽く撫でた後、ソル達について行く事にした。
「確かにこの辺りなんだね?」
翌朝、私とルシフェルは、ジェイクが襲われていた場所を確認したいというロビンを連れ魔法樹の群生地に来ていた。
「ええ、そうだと思うけど。あら、ミョウジョウ、おはよう。どこに行ったのかと思ったわ。」
「ちょっと外に居ただけだ。おう、ルシフェル。おはようさん。」
「・・・ああ。」
ルシフェルはミョウジョウに気まずそうな顔を向けている。
「けっ、陰険な奴め。」
「そりゃ、ゲロかけられたらあんな態度になるわよ。」
「そうなのか?」
「当り前よ。」
「俺、当り前なんて知らねえしな。魔王の息子だぜ?常識なんて持ち合わせてると思うか?」
「・・・その開き直った態度を見るに、確かに持ってなさそうね。」
私たちの会話を他所に、魔法樹の群生地を調べていたロビンが言った。
「やっぱりそうだ。」
「なにかわかったの?」
「こっちに来てみな。」
ロビンが呼ぶ場所へ行ってみると、そこには何かが生えていたような大きな穴が開いていた。
「うわくっさ。なにこの穴・・・。」
「この穴は魔法樹が生えてた穴だね。それとこの臭いは魔素の残り香だ。それもとてつもない程に強力な魔素のね。」
「本当にくっせえな。昨日のソルの悪臭とは比べ物にならない臭さだ。」
「だから昨日の奴も私の臭いじゃないっての。」
ミョウジョウがしつこい・・・。
「きっと何かが起こったんだ。」
私はそう呟いたロビンに尋ねた。
「何かって?」
「・・・三日ほど前、月が青白く輝いていた夜の事を覚えてるかい?」
「もちろん。だってその日に・・・。」
忘れるはずがない、それは二人を間違って召喚してしまった日の出来事だ。
あの日の夜の青白く光る月の輝きを今でもちゃんと覚えている。
ロビンは言った。
「あの日の月の光にはちょっとした伝説があってね。」
「私も聞いたことがあるわ。ひょっとしてあの月の光の影響で、何かが起こったって事?」
「珍しいな。あの伝説は魔法使いの間でもお笑い種なんだが。」
私が伝説を知っているという事にロビンは面を食らっている様子だった。
「あの月の光によって引き起こされる摩訶不思議は、そのほとんどが良くない事だと聞いたことがある。」
「良くない事と言うと・・・?」
「魔法樹が生えていたような穴に、強力な魔素の臭い・・・。ここで魔物が産まれた可能性があるという事だ。」
「そんな・・・。」
こんな平和な時代に魔物が誕生するなんて、私は聞いたことがなかった。
「このままにしておくと町の住民にもいずれ被害が及んでしまう。何とかしないと。」
「僕らの出番って訳だな。ミョウジョウ。」
そう言ってルシフェルは一歩前に踏み出した。
「え?俺も?」
不意を食らったようにミョウジョウは答えた。
「当然だろ。禄に戦えるのは僕と君しかいないんだ。・・・過去の事は忘れて、一旦ここは共闘といこう。」
「過去の事・・・。それってゲロの事か?」
「・・・もうそれでいいよ。」
「しゃあねえな!お前がそう言うならならしょうがない!今回だけだぞ!またへそ曲げられても面倒だしな!」
「なんか腑に落ちないな。ゲロに関しては僕は謝ってもらう側のハズなんだが。」
「でもよロビン。なんでお前はそんなに伝説に詳しいんだ?笑い種なんだろ?」
ミョウジョウはロビンに尋ねた。
「そりゃ勿論、だって僕がこの町に来たのは・・・何でもない。気にしないでくれ。」
ロビンは何かを言い淀んだ様子に見えた。
「・・・俺も力になれるかな。戦闘は苦手だが、これでも魔法使いのはしくれだ。」
「ありがとうロビン。」
「それはそうと一つ聞きたいんだが。ルシフェル。」
ミョウジョウがルシフェルに尋ねた。
「こっちの世界で目覚めて以降、俺はずっと体の調子が悪いんだが。お前はどうだ?」
「・・・それは僕も同じだよ。やたらと眠ってしまったり、違和感はずっとある。でも、今はそんな事言ってる場合じゃないだろ。」
「そうかもしれんが・・・。」
その時、何かが茂みの奥から飛び出してきた。
「誰が誰をなんとかするって?」
魔法樹の姿をした魔物だ。
「魔物が喋った!」
ミョウジョウは驚いている。
「せめて君だけは驚かないでくれ!喋るタイプは僕らの世界にも居ただろうが!それにしても、噂をすればなんとやら、早速魔物のお出ましだ。」
ルシフェルは腰に刺した剣を抜き、魔物に対して身構えた。
「そう簡単にいくかな?」
魔物はルシフェルの一撃を躱すと二体に分裂し、そのうちの一体を町の方へと向かわせた。
「町の方へ行った奴は任せろ!」
そう言い残し、ルシフェルは一人、町の方へと駆けていく。
「ミョウジョウ!任せた!」
ミョウジョウは腰につけたケースの様な物から何かを抜き、それを魔物に向かって構えた。
「相手が悪かったな。産まれたばかりの新生児ちゃん。」
「趣味悪いセリフ・・・。」
・・・しかし、そこからなにも起こらない。
一分は立ったのだろうか?ミョウジョウは趣味の悪いセリフを吐いただけで、そこにずっと立ち尽くしている。
「・・・ちょっと、何してんのよ。ミョウジョウ。」
「・・・マズイことが起こってるようだ。」
ミョウジョウは魔物を見据えたままそう答えた。
「どうやら魔法が使えないっぽいぞ。」
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