第5話 露わ

怪しげな夜霧に包まれたフォギータウンという町は、石造りの家が立ち並ぶ小さな田舎町だった。


私たちは、まだ灯りの灯っていた「ライブラ」というパブに男の子を運び込んだ。


「すまない、誰か手をかしてくれないか?町の外でこの子が魔物に襲われて・・・」


そう言って店に入ったルシフェルの見た目に、パブの客たちが騒めき出した。


「おい、見てみろよアイツの口元。」


「なんだありゃ!」


「バカ!ありゃ魔物だ!襲われるぞ!」


「違う!僕はモンスターじゃない!話を・・・うわ!」


パニックはパニックを呼び、我先にと客たちは私たちを押しのけ店の外へと逃げて行ってしまった。


「何でこうなるんだ。」


「大丈夫?ルシフェル。」


私は倒れこむルシフェルに手を差し伸べた。


ルシフェはショックを受けているようだ。


客たちが店を出ていった後、今度はカウンターの奥から身の丈3メートルはあろうかというスキンヘッドにひげ面の大男が出てきた。


その大男はおびえる様子もなくこちらへと近づいてくる。


「全く、ひでえ奴らだよな。ん?おい、そいつはジェイクじゃねえか。」


「知り合いか?」


ミョウジョウが尋ねる。


「ああ。そいつは俺が預かってんだ。ちゃんと寝かしつけといたはずなんだが・・・何があった?」


私たちは魔法樹の前でジェイクが魔物に襲われていた事をその大男に伝えた。


「そいつは世話になったな。嬢ちゃん達がいなけりゃどうなってた事か・・・。おーい!ロビン!ちょっと上がってきてくれや!」


大男が呼びつけると、また一人店の奥から若い男が現れた。


「なんすか?ジェレミーさん。」


ロビンと呼ばれたその男は、ジェレミーという大男に答えた。


「ちょっとジェイクを家まで運んでくるからよ。こいつらに酒、出しといてくれや。」


そう言うとジェレミーさんはジェイクを抱き上げ店の外に姿を消した。


「はいよ。・・・つっても君らまだ子供だよね?酒はまずいんじゃ・・・。」


ためらうロビンにミョウジョウが答えた。


「子供っつっても、なんだかんだでギリ大人だ。」


「なんだかんだが分かんねえ・・・。」


戸惑うロビン。


「すいません。こいつ、バカでアレなんで気にしないでください。」





「はい、オレ特製シャーリーテンプルね。」


そう言ってロビンは私たちに飲み物を出してくれた。


「子供向けのノンアルカクテルだし、バカでアレでも満足出来る隠し味も入ってるよ。」


そのカクテルは鮮やかな赤い色をしている。


とても美味しそうだ。


「頂きます。」


一口飲むとフルーツの香りが口の中に広がり、微かな炭酸がのどを刺激する。


一気に飲み干してしまった。


「美味しい!なにこれ。」


「疲れた体に染み渡るな。」


ミョウジョウも満足そうだ。


「はは、そいつは良かった。よかったらお代りするかい?」


「うん。」


「今度はピッチャーでくれ。」


「あんたは調子に乗りすぎよ、ミョウジョウ。」


「君はどうする?」


ロビンは口をつけずに俯いているルシフェルに尋ねた。


「え?ああ、じゃあ僕もお代り下さい。」


そう言ってルシフェルはようやくカクテルを口にした。


「それにしても、子供だけで旅してるなんてなあ。立派なもんだよ。」


私たちだけで旅をしている事をロビンに話すと、カクテルを作りながらロビンはそう言った。


「いや、まあ、立派なのかな・・・。えへへ。」


「立派じゃねえよ。」


そう突っ込むと真顔でミョウジョウがこちらを見ている。


私のせいで旅に出るハメになった事はロビンには言わないでおこうっと・・・。


「おう、やってるか?お前ら。」


ジェイクを運びに行っていたジェレミーさんが戻ってきた。


「ジェレミーさん。どうだい?ジェイクの様子は。」


ロビンは尋ねる。


「怪我はなさそうだ。しかし、なんだって町の外なんかふらふら出歩いてたのか。」


「ジェイクって、息子さん?」


私はジェレミーさんに尋ねた。


「いやいや、あいつは知り合いの息子だよ。訳あって今は俺が預かってるんだが。」


「ふーん。」


「あいつの親父は放浪モンでな。手紙の一つもよこしゃあしねえ。一体どこをほっつき歩いてんだか。」


「・・・父親なんてそんなもんでしょ。」


どこの父親も似たような者だなと私は思った。


「なんだいなんだい、嬢ちゃんトコも訳ありかい。」


ジェレミーさんは何故か嬉しそうな顔をしている。


「語ってみな語ってみな、相談乗るぜえ。」


「趣味悪いっすよジェレミーさん。自分が聞きたいからってそういうのは。」


ロビンは飽きれた様子でジェレミーさんを咎めた。


「うるせえな。お前と違って俺は生まれてこの方ずっとこの町にいんだ。少しぐらい他所の事情に聞き耳建ててもいいだろうが。刺激不足なんだよ。」


「はあ・・・。」


ジェレミーさんは何かを期待するような目で私を見ている。


「そう言われても、満足させる話なんて無いわよ。魔法使いの父親が産まれたばかりの私をほったらかしにして、旅に出たきり戻らないって位で。」


「十分にあるじゃねえか、面白そうな話が。もちっと詳しく聞かせろよ。」


ジェレミーさんの表情がさらに緩む。


「悪いけどこの話はこれで終わり。それに語るような思い出も、そもそもないんだから。」


私はロビンのカクテルをグイっと流し込んだ。


「なんでえ、つまんねえ奴だな。でもまあ、魔法使いか。珍しくて羨ましいぜ。」


「珍しいってジェイクの親父さんも魔法使いじゃないすか。」


ロビンが言った。


「え?そうなの?」


奇妙な偶然もあるのだなと私は思った。


「ああ。そんで色々と近隣の町からの要請やらで、その辺ふらふらほっつき歩いてんだよ。」


「・・・それってほっつき歩いてるって言うの?」


「嫉妬してんのさ。ジェレミーさん、魔法使えねえから。」


コソコソと喋りかけるロビンをジェレミーさんが睨む。


「で、兄ちゃんのトコはどうなんだ?」


ジェレミーさんはルシフェルに話を振った。


「あ、私も聞きたいな。二人の話。」


私は二人についてはまだ何も知らない。


列車で色々と聞きたかったのだが、結局聞けてないままだ。


「えっと・・・その・・・。」


ルシフェルは何故かミョウジョウの方をチラリと見ている。


「こいつの親父はな、凄いぞ。世界を救おうとしてたんだ。」


カクテルを一気に飲み干すと、ルシフェルの変わりにミョウジョウが答えた。


「まじかよ!まるで勇者みたいじゃないか!ははは!」


そう言ってジェレミーさんは笑っている。


「だろ!まあ、みたいと言うか、実際に勇者様だったんだが。魔王の城に踏み込むとその勢いのまま魔王を吹っ飛ばしてな!」


「お、おい。ミョウジョウ、君は何を言ってるんだよ。」


軽快に話を続けるミョウジョウにルシフェルは戸惑っている様子だ。


「そんでよ、倒れた魔王にこいつがとどめの一撃を・・・」


「ミョウジョウ!」


ルシフェルは机を叩きつけ立ち上がった。


「もういいだろう・・・それ以上は。」


「何でだよ?」


ミョウジョウも立ち上がり、お互いに顔を突き合わせている。


「だってそれは、その話は・・・魔王というのは・・・君の。」


「ああそうさ!魔王は俺の親父だよ!それがどうしたって言うんだ!」


二人はヒートアップしている。


「ストーップ!!」


話を止めたのは他でもないこの私だった。


予想もしていなかった・・・。


まさかこの二人に、よりにもよってそんな因縁があるなんて・・・。


そんな二人と旅に出てしまっていたなんて・・・!


まさか二人が、勇者の息子と、魔王の息子だなんて、思いもしなかった・・・。


「ロビン、もう一杯、貰えないかしら・・・?_」


「あ、ああ・・・。ちょっと待っててな。」


「なんでえ。いい所で止めんなよ。嬢ちゃん。」


ジェレミーさんが残念そうに呟く。


「どこがいい所なんだよ。どう聞いても面倒そうな話だったじゃないか・・・。」


重い空気がその場を包む中、ロビンの振るシェイカーの音が空しく響き渡る。


「あんた異常だよジェレミーさん・・・。」


そんな痛烈な一言と共にロビンはカクテルを注いでくれた。


「これで最後な。酒じゃないと言ってもそろそろ飲みすぎのようだし。」


ロビンはこれ以上この話は聞きたくないといった様子でそう言った。


「うん。ありがと、ロビン。」


「・・・ダメだ。やっぱりこれだけは言わせてくれ、ルシフェル。」


私がグラスに口をつけようとしたその時、ミョウジョウが口を開いた。


「お前がどう思ってるのかは知らねえが、これだけははっきりと言っておく。」


ミョウジョウは何故かふらつきながら、ゆっくりとルシフェルへ顔を近づける。


「俺は、お前を・・・。」


そうミョウジョウが言いかけた次の瞬間、


「おおおううえええええええええええええええええええ!!!!!」


ミョウジョウの口から吐き出された吐しゃ物が、ルシフェルめがけて降り注ぐ。


「おいちょっと!勘弁しろミョウジョウ!!!うわっ!!!」


「ロビン!お前、酒入れたのか!?」


ジェレミーさんは慌てふためきながらロビンに尋ねた。


「えっ?いやいや、入れてはないけど。あ!しまった・・・。」


ロビンは何かに気付いた様子で言った。


「ミョウジョウが酒が飲みたそうにしてたんで、マカの葉を混ぜといた・・・。」


「マカの葉は酒酔いに似た感覚が味わえるグレーな材料じゃねえか!馬鹿ロビン!」


「そもそもジェレミーさんだって酒を振舞おうとしたじゃねえっすか!」


さっきまでの重い空気はどこへやら、今度はその場はパニックの場へと一変した。


「ちょっとミョウジョウ!なにやってんのよ!」


「うるせえな・・・気分悪りいや・・・先に寝るぞ!」


そう言ってずかずかと店の奥へと入っていくミョウジョウ。


「おい!勝手に店ン中入んなって!待て小僧!ロビン!そっちは任せた!」


ジェレミーさんがミョウジョウの後を追いかける。


「ええ・・・マジかよ。勘弁してくれ・・・。」


「ゴメン、ロビンさん。・・・シャワーかしてくれないかな?」


ルシフェルはミョウジョウのゲロにまみれている・・・。


「あ、ああ。奥に入って階段を上った先だから。いや、一緒に行くよ。・・・悪いけど、片しといて・・・。」


そう言って二人は店の奥へと消えていく。


私はミョウジョウの汚物と取り残されてしまった。


「・・・ええ。」


しょうがないので私は一人で粗相を片付ける事にした。


それにしても、あの時ミョウジョウは何と言おうとしたのだろうか?




散々な目にあったな。


まさか魔王の息子にゲロを浴びせられる羽目になるとは・・・。


風呂場から上がると既に皆は眠っているようだった。


ロビンに自由に使っていいと言われた部屋に行くと、イビキをかいて眠るミョウジョウがいた。


今なら殺すのも容易い・・・。


僕は父さんから受け継いだ剣に手を掛けた。


するとその時、何故かこの店での出来事が僕の頭に浮かんだ。


僕の姿を見て慌てて逃げて行く男達・・・。


僕が一体何をしたというのか・・・?


彼らの姿を思い出した僕は、握りかけた剣から手を離した。


どうせ元の世界に戻れば殺す事になるんだ、今じゃなくていいじゃないか・・・。


この旅で魔王の息子・ミョウジョウがどんな奴か見極めてやる。


そう決めた僕は、深々と眠るミョウジョウを睨みつけ灯りを消した。









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