小説的

一井水無

小説的

僕は旅に出た。

なんていうと自分探しの旅に出る、なんて思われてしまいそうだけど、大したことはない。

ペットボトルのごみ箱を探しに行くだけだ。

自動販売機に併設されているごみ箱。僕はあれを探しに行く。

ごみ箱探しの旅に出る。

その理由も大したことじゃない。

申し訳なかったのだ。

家で飲み終えたペットボトルを置きっぱなしにしていると、親が洗って片付けてくれる。

それはもちろんありがたい。

しかし僕は怠惰な自分を責められているような気分にもなってしまう。

お父さんは何も言わないが、こういう風にちゃんと片付けてよ、なんて暗に言っているのかもしれない。そう思うと僕はいたたまれない気持ちになる。

別に気を使っているわけではない。

それでも、どうしても申し訳ない気持ちになるのだ。


僕は家を出て、右に向かうか左に向かうか悩んだ。ちなみに家の目の前は誰かの家なので選択肢から外れる。

なんとなく僕は左に進むことにした。

ここで右を選ぶのは普通過ぎる気がしたのだ。

僕は右に暖色系のイメージを抱いている。対して左は寒色系のイメージがある。

二つの色のイメージを比べると、なんとなく右の方が安心感がある。安定感がある。

でも僕はそれを断ち切って左を選んだ。

危険な道を選ばないと、成功できないような雰囲気があるから。


僕が左を選んだ理由はもう一つあった。と言っても実は後付けだが。

左に進むと商店街があるのだ。

あそこなら自動販売機だってたくさんあるだろうし、ごみ箱だってその分多いはずだ。

僕はペットボトルの入ったショルダーバックをかけなおして、商店街を目指して歩き始めた。

僕のバックはかなり重い。

僕は今日三本の空のペットボトルを入れてきた。どれも僕の大好きなレモン系の炭酸飲料が入っていた。

大きめのバックなので余裕で三本とも入ったが、何だか物足りなくて本とか水筒とか色々入れてしまったのだ。

その結果、僕のバックはランドセルほどの重さになってしまっている。

まあ、ランドセルの重さなんて覚えてないけど。

教科書がたくさん入っていて重かったことくらいしか覚えてない。

それもそのはず、僕はもう立派な高校二年生だ。

「高校二年の夏、ペットボトルを捨てに行く。

最初でも最後でもない、高校二年の夏に、僕は旅に出た。」

……なんだかいい感じだ。ペットボトルのリサイクルキャンペーンでありそう。

思いのほかいいネタだったが、僕が書きたいのはそういう世界じゃない。

もっとこう、すごい世界観のが書きたい。


商店街に着いて、僕は一旦日陰で休憩した。

夏は暑すぎて困る。

水筒を持ってきてよかった。僕はごくごくと水筒の中を流し込んでいく。いつも飲む麦茶がよりおいしく感じられた。

ひと段落終えて、僕はペットボトルのごみ箱探しを再開した。

商店街に着くまでには見当たらなかったので、意外と見つけるのは大変かもしれない。

僕はきょろきょろ周囲を見回しながら歩いた。

そんな風に歩いていると、あのアイス美味しそうだなぁ、とか。あんな店があったんだ、なんていつもと違うことに気づく。

ごみ箱探しなんかやめてお店を回ろうかな、なんて本気で思うのだ。

でも今日は我慢だ。

僕は何もペットボトルを捨てるためだけに旅に出たのではない。

何かネタが思いついたらいいなー、という目論見があった。

ネタとは小説のネタのことだ。

僕は小説を書こうとしている。

せっかくの夏休みで、時間があるのだから何かしたくなるのは当然だろう。

そこで、昔から夢だった「小説家」になるために僕は小説を書くことにした。

もちろん最初から素晴らしい作品が書けるとは思わないが、やっぱり何かしらの結果はほしい。

そのために最初の一歩が重要なのだ。

この場合の最初の一歩とはネタを思いつくこと。すなわち設定を決めることだ。

いくつか候補は思いついたが、僕がやりたいようなネタではなかった。

僕が思いつくものは、何だか地味なのだ。

さっきもそうだったけど、ペットボトルがメインの小説なんて書きたくない。

もっと作者の個性が現れるような独特の世界観を持った小説。僕はそんな作品を書きたい。

でもそんなネタ、そう簡単に思いつくものでもない。

そこで僕はこの旅を利用することにした。

いつもと違うことをすれば面白いネタが思いつくのではないか、と思ったのだ。


ネタとごみ箱を探していると、ついに商店街の端っこまでついてしまった。

もともと大きな商店街でもないので、すぐに見きってしまったのだ。

どうしようか、と考えて僕は図書館に向かうことにした。

近くには二つの図書館があるが、それでも遠いほうの、ここから徒歩十分くらいの図書館に行くことに決めた。

そうと決まれば歩くだけだ。

熱中症に注意しながら僕は図書館に歩いて行った。

その間もちゃんと、きょろきょろしながら歩いたがごみ箱もネタも見当たらなかった。

そして図書館についてしまった。

図書館の前の広場では小学校高学年くらいの男の子たちがボール遊びをしている。

僕は彼らの姿を横目に見ながら図書館に入っていった。

図書館は飲食禁止だし、ごみ箱はないかもしれないという予想はついた。

しかし久しぶりに図書館に来たので、入りたくなってしまったのだ。

館内は静かで涼しく、最高の場所だった。

僕はさっと図書館を一周してしまったが、かなり楽しかった。

読んだことのある本が並んでいると嬉しかったり、心惹かれる本に出会ったりして今日で一番楽しかった。

今日一楽しい。

それでも僕は何も借りずに図書館を出た。

だって僕は小説を書く側だ。

いつまでも小説を読んで楽しんでいるだけではいられないのだ。

僕は少しの優越感に浸りながら図書館を出た。

二、三十分くらい時間を潰しちゃったな、なんて思いながら外に出るとあることに気が付いた。

広場で遊んでいた子供たちがいなかった。

もしや異空間に飛ばされたか、なんて思ったがそんなことはない。

ただ、どこか別の場所に出かけただけだろう。

帰ったのかもしれないし場所を変えて遊んでいるのかもしれない。

僕が図書館にいた間、彼らは動き回っていたのだろう。

子供らしく動き続けていた。

そう思うと、僕の心に一抹の不安が生じた。

焦りがうまれた。

僕は水筒を飲んで心を落ち着かせ、すぐにごみ箱探しを開始した。

僕はごまかすように「小説的だな」と呟いた。


今度の僕は行く当てもなく歩いた。

気の向くままに歩くだけ。今は方向転換に理由はない。

右に行ったり、左に行ったり、後ろに行ったり、登ったり、降りたり。

そうやって歩いていても、僕は前に進んでいる気にはならなかった。

さっきからどうしても焦ってしまう。

早く見つけないと。

早く見つけて早く初めて早く終わらせないと。

早く、早く、早く、と頭の中がいっぱいになって。

少し落ち着こう。とした。

歩くのをやめて壁に寄り掛かった。

コンクリートの壁はザラザラしていて半袖の腕を攻撃してくる。

僕は腕を前で組んでしゃがみこんだ。

そして緊張した体をほぐすように大きく息を吸って、吐いた。

すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~

そうしているうちに頭が落ち着いてきた。

不安、焦り、緊張。そういったものを強く感じると、僕は全然落ち着けなくなる。

心臓がドクドクしてどうにもならなくなってしまうのだ。

でもそれも少し休むだけで収まる。

まあ、そういう時に休むのが実はかなり難しいのだけど。

僕は大きく呼吸を続けるうちに、帰ろうと思った。

このまま歩き回ったってきっと無駄だし、今はそんな状態じゃない。

僕の初めての旅は失敗に終わったかもしれないけど、全然楽しかった。

今回はそういうことにしよう。

僕の目標は大きすぎた。あんな目標をクリアするのは無理だったんだ。

僕は納得して立ち上がった。

膝に負担がいったのか、足が少ししびれた。

軽くストレッチをして、さあ歩き出そうとすると、今度は急に体を激しく動かしたくなった。

はっちゃけて動き回りたいと思ったのだ。

じっとしていたことの反動かな、と思いつつ周囲に誰もいないことを確認した。

僕はやる気だった。

僕は手を振り回しながらスキップし出した。

僕の思いつく「はしゃぐ」とはこういうものだった。

僕は思いのまま走った。

ドタドタバタバタと音を立てながら走っていると、嫌なものをなぎ倒しているような気分になった。

僕はそのままテンション上がってジャンプ。そしてまたジャンプして回転した。

回転の反動でおっとっと、と体を崩して転びそうになった。

僕は体をひねって右側を向くことで転ばずに済むことができた。

さっきまでの僕の右側が正面になった。

そしてそこにはごみ箱があった。

ペットボトルがパンパンに押し込められた、僕の探し求めていたものだ。

僕の旅の目的。

それが目の前にあった。

しかし僕は一瞬、それを無かったことにしようと思った。ごみ箱を見つけられなかったことにしようかと思ってしまった。

そして気づく。

実は僕はごみ箱を見つけないようにしていたのではないか、と。

考えてみればおかしい。こんなに探して町にごみ箱が全くないわけがない。

それに、全てのごみ箱を躱して歩き回るなんてできっこない。

見なかったことにする以外は。

僕はきっと、ネタが見つかるまではペットボトルを捨てようとしなかっただろう。

この旅の主な目的はそれじゃなかったんだ。

理想の自分を見つけるためにごみ箱を探す。

僕は自分の目を気にして建前を作った。

嘘ばかりで「本当」のない旅をした。

そう気づくと、僕は気持ち悪いやつだなと初めて思えた。

きもい。

なんて自分勝手なやつだ。

でも、

「ああ、よかった」

これでようやく小説のネタが見つかった。

「気持ち悪い自分」を小説のネタにできる。

ついに独自の世界が見つかったのだ。

僕は安心して、ペットボトル三つをごみ箱の中に放り込んだ。

バックがかなり軽くなった気がした。

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