第10話 9日目 ユングフラウヨッホへ

トラベル小説


 朝はホテルのレストランでハムとチーズの朝食。日本人観光客が何人かいた。いずれもハイキング姿だ。朝8時に、登山電車に乗車。チケットは昨日のうちに買っておいた。時間指定だ。登山電車は一度谷にくだって、ふもとの駅で進行方向が変わり、そこからぐんぐん山を登っていく。周りは気持ちのいい草原だ。左側にはアイガー北壁が見えてきた。本当に垂直に見える絶壁だ。こんなところを登る人がいるのか不思議だった。40分ほどで、乗り換え駅のクライネシャイデックに着いた。標高2061m。そこで、ユングフラウヨッホ行きの登山電車に乗り換える。ここからは、周りが雪だらけだ。左からアイガー・メンヒ・ユングフラウといった4000m級の雪山が見られる。ユングフラウの手前に三角錐のきれいな山があった。シルバーホルンというそうだ。とてもきれいな山で、スマホで何枚も撮った。望遠レンズがほしかった。途中、トンネルの中で停車した。乗客のほとんどが降りていく。彼も行くので、付いていったらガラス窓からグリンデルワルドの村が見えた。箱庭みたいな景色だった。

「アイガーの壁にある駅だよ」

と彼が教えてくれた。このトンネルを作った人たちに脱帽!

 しばらくしてユングフラウヨッホ駅に到着。標高3454m。今回の旅で、一番高いところに来た。なんか息苦しい。高山病か? 階段でうずくまっている人がいた。どうやら高山病らしい。外に出ると、赤いヘリコプターが待機していた。いつでもとび上がれる状態だ。そこに、急病人が担架で運ばれてきた。レスキュー隊の動きが素早い。乗せると急上昇していった。まともにヘリコプターの風を受けてしまった。ヘアースタイルがメチャクチャになった。彼に笑われながら雪道を歩くことになった。パンプスなので、本当は雪道を歩きたくないのだが、彼も革靴で歩いている。多くの観光客が歩いているので、道はできている。でも、ちょっと道をはずれるとズボッとはまってしまう。

 彼は、100mほど歩いて歩みを止めた。上を見ると、大きな雪庇がある。それが崩れたら大きな雪崩がおきそうだ。彼は、じっとその雪庇を見ている。なんか不安になった。

「早く戻ろうよ。この靴だと冷たくなるよ」

そう言うと、彼は我に返ったらしく、

「あっ、そうだね。もどろう」

と、また建物に戻った。建物の中を歩いていくと、氷のトンネルが出てきた。アイスパレスという氷の宮殿だ。氷の彫刻がいっぱいあった。でも、ダウンジャケットを着ていても寒いし、足元が滑る。ここは氷河の中だそうで、少しずつ移動しているので、毎年新しく作りなおすとのこと。出入り口は同じなのに、どうやって作り直すのか想像できなかった。エレベーターで展望台に上がった。世界一の氷河が目の前に広がっている。でも、彼が

「前に来た時より、小さくなっているな。やっぱり温暖化なのかな?」

とつぶやいていた。

 昼食をとろうとレストランに行ったら、多くのお客さんが並んでいた。メニューを見ても、さほどのものがないので、彼は

「クライネシャイデックまで戻ろう。そこに、おいしいホワイトアスパラガスがあるから」

と言った。私は、アスパラガスよりステーキがよかった。

 13時過ぎに、クライネシャイデック駅に着いた。駅構内にあるレストランのテラス席に座り、ホワイトアスパラガスを注文した。彼の発音では、なかなか通じなかったようで、写真をさがしてやっと注文できた。

「ドイツ語なまりの英語でよくわからんかった」

しばらくして、温野菜とフライドポテトが添えられたホワイトアスパラガスのハム巻きがでてきた。その数3本。期待しないで食べてみたら、結構イケる味だった。かけられているソースがおいしい。もしかしたら今回の旅行で一番の料理かもしれない。3000円程度と、ちょっと高めだけど・・・。全部食べ終わると彼がとんでもないことを言い出した。

「歩いて降りようか?」

「エー! この靴で?」

「なんとか大丈夫じゃない。舗装じゃないけれど、整備された道だから」

「時間はどのくらいかかるの?」

「全部歩けば4時間。でも疲れたら途中で電車に乗ることもできるよ。アイガー北壁を見ながら歩くのはおつなもんだよ」

いやだと言えば、一人でホテルに帰れと言われそうなので、

「わかりました」

と答えた。歩き出して早々、急斜面をくだりはじめた。パンプスの先っちょに指がひっかかる。

(どこが整備された道なのよ!)

と心の中で叫んでいた。200mほどくだると、斜面はゆるやかになった。自転車で降りていく人たちもいる。砂利さえ気をつければ歩きにくくはない。アイガーの北壁を見る余裕もでてきた。すると、遠くでドドーッと音がした。

「あそこ、雪崩だ」

彼の言葉で音がした方を見ると、確かに2本の筋ができていた。量はそんなに多くはない。登山道まではこない感じだ。

「大丈夫?」

「と思うよ。線路を越えてきたら大変だけどね」

 途中、丸太をくりぬいた水飲み場があった。水はきれいだったが、彼から放牧している牛さん用だから飲まない方がいいと言われた。もし飲んだら現地の人は大丈夫でも、外国人にはあわないということだった。元々は、氷河の水だ。日本の水とは違う。手を洗うだけにした。まわりには高山植物がたくさん咲いている。ブルーのリンドウがとてもきれいだった。

 1時間と少し歩き、踏切を越えたところで、

「足が痛くなった」

と言ったら、

「じゃあ、次の駅で電車に乗ろう」

と言ってくれて一安心。下まで降りると言われたらどうしようかと思っていた。

 アルピグレンという無人駅で下りの電車に乗った。不思議なことに改札もなければ、上りの時にあった車掌さんの検札もない。往復切符を買っているので、不正乗車ではないのだが、スイス人の鷹揚さを感じた。富める人たちの余裕か?

 ホテルに着くと、足を投げ出して横になった。お風呂に入りたいが、シャワーしかない。ヨーロッパでバスタブがあるのは珍しいということだった。

「夕食は、羊肉のシチューでいいかい?」

「スイス名物なの?」

「そうだよ。ただし、白ワインが入っているよ」

「わかりました。赤ワインはあきらめます」

ホテルのレストランでシチューを食べた。フランス料理と違って、フルコースでないのがいい。付け合わせのサラダやパンもいっしょに出てくるので、シチューにパンをつけて食べたら、味がしみておいしかった。白ワインもフルーティで飲みやすかった。

「明日は映画007のロケ地に行くよ」

と言って、彼はさっさと寝てしまった。私も疲れたので、早々にオヤスミ。

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