第9話 8日目 グリンデルワルドへ
トラベル小説
ツェルマット2日目の朝、夜明けとともに彼に起こされた。
「アイちゃん、見てごらん。最高の朝だよ」
彼がそう言うので、しぶしぶ起きて窓際に立った。そこには信じられない光景が広がっていた。目の前にきれいな三角錐のマッターホルンがそびえている。それも朱色に染まっている。その朱色がどんどん下に広がっている。
「モルゲンロートだよ。めったに見られない光景だよ」
まさに神々しい姿を見せていた。全体が朱色になった後、今度は上からシルバーに輝き始めた。朱色も素晴らしいが、光輝くマッターホルンも見事だ。30分ほどで光のショーは終わった。言葉も発することができないくらいの感動だった。まさに自然の芸術だと思った。
思わず彼に抱きつき、
「連れてきてくれてありがとう」
と言った。すると彼は、
「アイちゃんといっしょだから見ることができたのかもしれないね。こちらこそありがとう。死ぬ前にもう一度見ておきたかったんだ。今日は、グリンデルワルドへ行くよ。アイガーが待っている」
変なことを言うなと思ったが、私がモルゲンロートを見ることも二度とないだろう。そういうことかなと思っていた。
気持ちのいい朝食を終えて、マッターホルンを見ながら登山電車で降りた。昼前にはテッシュの駅につき、またベンツを走らせた。
「今日はスイスならではの乗り物に乗るよ」
「なーに?」
「クイズです。ヒントその1。ふつうにグリンデルワルドに行くと3時間以上かかるけれど、これだと1時間ちょっとで着きます。なぁ~んだ?」
「わかった。ヘリコプターに乗る」
「ブブー、はずれ。スイスでなくてもヘリコプターはあります。ヒントその2。車に乗ったまま乗ります」
「え~? フェリー?」
「ブブー、またはずれ。スイスならではの乗り物です。フェリーは日本にもあるでしょ。それでは最後のヒント。レールの上を走ります」
「レールって、電車に車で乗るの?」
「まあ正解! カートレインに乗ります。電車じゃないけれど、貨物列車に車ごと乗ってトンネルをくぐるんだよ」
「カートレインってあるんだ。初めて聞いた」
「スイスならではだからね」
30分ほどで、カートレイン乗り場に着いた。駐車場に入る感じで、貨物列車に乗り込んだ。後方には観光バスも乗っている。スタッフがパーキングブレーキをかけているかチェックしにきた。パーキングブレーキをしていなければ追突事故を起こしてしまうだろう。
しばらくして、ゆっくり走り出した。窓をあけていると、気持ちのいい風が入ってくる。沿線の景色をみるとしゃれたコテージが並んでいる。どの窓にも花が飾られている。スイスらしい景色だと見とれていたら、トンネルに入った。真っ暗になり、臭いもきつくなってきた。コールタールの臭いか? がまんできないので窓をしめた。するとトンネルの途中で工事をやっていた。その臭いだったようだ。
20分ほどで、トンネルを抜け向こう側の駅に着いた。前から順に降りていく。まるで車のパレードみたいだった。谷合いの道から湖ぞいの道に出た。気持ちのいい高速道路だ。15分ほどで高速道路を降り、一般道路へ。線路沿いの道を山にむかっていく。ガラス張りの電車が走っていた。有名な氷河特急のようだ。
15時にホテルにチェックイン。駅に隣接しているスイスらしいホテルだ。部屋はこぎれいなツィンの部屋。ツェルマットのホテルほど豪華ではないが、山小屋風で感じがいい。テラスがあり、そこに出ると、山が眼前に見える。
「アイガーの東壁だよ」
「絶壁だね」
「北壁の方が絶壁だよ。明日行くからね。夕食はピザでいいかな? 昨日食べ過ぎたからね」
「いいね。」
と一段落したところで、散歩がてら町にでた。
6月でも観光客が多いのに、バカンスシーズンになったら、どのくらい増えるのだろう? 想像がつかなかった。町をぶらぶらしながら、お店に並べられている品物を見たら、みんな高い。日本の感覚の倍ぐらいする。スーパーにも行ったが、そこも高くて、ドリンク1本で300円ぐらいする。観光立国だから物価を高くしないとやっていけないのかもしれない。
町の中心部のイタリアンレストランに入った。まだ、ディナーの時間ではないので、客はだれもいない。メニューはドイツ語で書いてあるので彼もよくわからず、一番上に書いてあるピザを頼んだ。迷う時は、一番先に書いてあるものが、そのお店のおすすめということを彼が言っていた。
出てきたピザは、ごくふつうのピザでサラミや野菜が入った薄いピザだった。期待しないで食べたら、結構おいしかった。きれいな景色を見ながらの食事で気持ちよかった。昨日、飲み過ぎたのでアルコールは避けた。
食べ終わってから、もう一度スーパーに寄った。彼がいくつか買い物をした。その中にシコンという珍しい野菜があった。10cmほどの野菜で細長いタマネギという感じだ。
「おいしいの?」
と聞いたら、
「いや、くせがある。ちょっと苦みがある。でも、家内が好きだったんだ」
と、珍しく奥さんの話をした。部屋にもどって、テラス席でそのシコンを食べた。ハムを添えたり、マヨネーズをかけたりして食べたが、やはり苦かった。私は早々に部屋に戻った。
彼は、しばらくテラス席で山を眺めている。というより奥さんを思い出しているようだった。近寄れない雰囲気だったので、スマホをいじっていたら、いつのまにか寝てしまった。
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