第7話 6日目 スイスへ
トラベル小説
朝8時に朝食。シャトーホテルのレストランでのビュッフェスタイル。皆、朝寝坊なのか、お客は私たち以外に一人しかいなかった。バカンス前だから、そんなもんだと彼は言っていた。9時には出発するということで、ゆっくり食べているわけにはいかなかった。
ホテルを出てまもなく高速道路に入った。フランスには、ところどころ料金所があったが、ベルギーには料金所がなかった。制限速度は130km。日本なら速いと思うスピードだが、全く速く感じない。時々、右車線を80kmほどで走っている車がいたが、いずれも白髪の老人だった。右側はゆっくり走る車。左車線は制限速度で走る車としっかり棲み分けができているようだった。30分ほどでルクセンブルグに入ったが、その30分後にはドイツに入った。
「ルクセンブルグって小さいね」
「そうだね。大阪と同じくらいだよ。でも、お金持ちの国で、ヨーロッパで一番治安のいい国なんだよ」
「いい国なんだね。住んでみたい」
「冬はマイナス20度になるよ」
「ナニソレ! 寒いの嫌い!」
「そう言うと思った」
11時にSAで休憩。トイレは有料だった。でもきれい。有料なので、掃除をする人がしっかりいるからだ。
ドイツに入ってから彼の運転は無口になった。時速200kmで走り始めたからである。3車線の中央の車線を走っているが、他の車も180kmから200kmで走っている。アウトバーンなので速度無制限だという。私も車にしがみつかみながら、じっと前を見ていた。横は視線を向けなければ見えない。前だけしか見えない。ちょっと恐怖。と思っていると、左側をポルシェが抜いていった。すると彼は、それについていきだした。徐々にスピードがあがる。メーターをちらっと見ると250kmになっている。
「無理しないで」
とささやくように言ったら、スピードをゆるめ、中央車線にもどった。
「怖がらしてごめんね」
と言うと、また無言で200kmで走り続けた。
13時にスイス国境。ここには検問所と料金所があった。軽い食事をとる。
「スイスはEUに入っていないからね。チェックがあるし、高速代をまとめて払うんだよ」
ここからは120km制限なので、彼の運転にも余裕がでてきた。先ほどまで血走っていた目もおだやかになっている。
15時に、ツェルマットの手前の駅、テッシュに到着。駅の隣にある巨大な駐車場に車を停め、ボストンバッグひとつで電車に乗車。電車は狭い谷の単線をゆっくり登っていく。線路沿いに流れている川は白濁している。氷河の氷がとけると、この色になるとのこと。15分ほどで、ツェルマットに着いた。登山電車に乗り換えるのだが、その前にダウンジャケットを買ってもらうことになった。山の上にはまだ雪が残っているということだった。それで、お店で選んでいたら、みな大きすぎる。肩幅がいいと袖が長すぎる。困った私を見て、店員さんが別なところに連れていってくれた。すると、そこにぴったりのサイズがあった。私が喜んでいると、彼は笑っていた。
「それ、子ども用だよ」
と言われ、私は不機嫌になった。でも、結構な値段だった。スイスは物価が高い。
17時に登山電車に乗った。ふもとには雪がなかったが、3つ目の駅のあたりから雪が見えてきた。行き先は終点のゴルナーグラート。標高3089m。少し息苦しい。ホテルまでの坂道が、すごくきつく感じた。ホテルの標高は3100m。富士山の8合目まで、一気に登った感じで、高山病の危険性があると彼は言っていた。
チェックインをすると、そこはジュニアスィートといわれる素敵な部屋だった。本当は、山がきれいに見える部屋だということだが、今日は雲しか見えない。山らしきものは見えなかった。部屋に入るなり彼は、
「頭が痛い。高山病かな? 早いけど寝る。アイちゃん、悪いけど一人で夕食とってね。下の売店でサンドウィッチを売っているし、カップラーメンもあるから」
私は心細かったが、自分も調子悪い。でも、寝るほどではない。ホテル探検のつもりで下へ降りてみた。レストランは、ビュッフェ形式になっていて、ほしいものを注文して最後に会計をするシステムみたいだ。パスタとかもあって、一人でも食べられそうだが、言葉はわからないし、一人で食べてもつまらないので、レストランはあきらめた。
売店に行くと、巨大なチョコレートがガラスケースに入っていた。世界一の大きさのチョコレートと書いてあるようだ。マッターホルンの形になっている。スイスといえば、チョコレートと時計が有名だということを思い出した。そのチョコレートの小さいやつを売っていた。ものは試しに一箱手に取った。サンドウィッチを見つけたが、日本のものと違ってパンが厚い。それに茶色のパン。量も多いし、食欲はわかない。するとカップラーメンを見つけた。韓国の辛いラーメンだ。日本のじゃないけれど、カップラーメンには変わりない。それを買うことにした。さて、会計だ。現金にしようか、カードにしようかと迷った。彼から
「現金を見せるとスリにねらわれるよ」
と言われたのを思い出し、カードにした。店員さんは、少ない金額でもいやな顔をせずにカード処理をしてくれた。サインをするように言われたので、サインをした。いつもより変な字になってしまった。すると店員さんはプラスチックのフォークを渡してくれた。左の方を指さし
「Hot water . 」
と言ったように聞こえた。ホタオタと聞こえたので、最初は何かと思ったが、そこに行くと給湯器があった。登山客用にお湯が無料で使えるのだろう。私は振り返り、教えてくれた店員さんに、
「サンキュー」
と言ったら、にこやかな顔をしてくれた。自分一人で買い物をして、現地の人と会話ができた。ちょっとうれしかった。
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