第6話 5日目 アントワープ&ブリュッセルにて
トラベル小説
今日はアントワープへ。ここでもノートルダム教会へ入った。
「ここは、日本人にとって、有名な教会なんだよ。日本人なら、まず知っている」
「そうなの? 私はわかんない」
「中へ入ればわかると思うよ」
と彼が言うので、ついていったらステンドグラスがとてもきれいだった。それに見とれていると、
「そっちじゃなくて、こっちの絵を見てごらん」
そこには大きな宗教画があった。どこかで見たような絵だった。
「キリストの降下という絵だよ。この絵の前で死んだ少年の話を知っているよね」
「絵の前で死んだ少年。それは・・・・フランダースの犬の話だ。パトラッシュとネロの話だ」
「正解。その舞台がここです」
「うわー、感動もの!」
と私はその床に座ってしまった。
「でも、あれはイギリス人作家の創作だからね。実際にあった話じゃない。それにベルギーでは人気のない話なんだ。ベルギーには、あんなに不幸な子どもはいなかったと言っている」
「あれは作り話なのね。だよね。悲しすぎるもんね」
昼食は、ブリュッセルに行った。行きたい店があるということだが、彼は路上駐車するのに苦労していた。やっと見つけたパーキングスペースに何回も切り返して、縦列駐車をしていた。
「ここは、いつもいっぱいだ。最新式の駐車システムがほしいね」
珍しい彼の弱音だった。彼は細い横丁に入り、うさんくさい店に入っていった。入り口にはピンクのカーテンがあり、とても一人では入れない雰囲気の店だ。奥のテーブルに座って、店をながめるとベルギー国旗が飾ってあるし、他にも派手でにぎやかな装飾がされている。なんか変だなと思っていると、女性スタッフが注文をとりにきた。彼は、
「Doux American et bier sil vous plait . 」
と言っていた。英語ではなかったので、聞き取れなかった。(英語でも難しいが)
「今のは何語?」
「フランス語だよ。ブルージュやアントワープはオランダ語圏なので、フランス語で言うと、知らんぷりされることもあるけれど、ブリュッセルは大丈夫。石を投げれば外国人に当たるというぐらい外国人が多い街だからね。この近くにEUの本部があるヨーロッパの首都だよ」
「へー、パリかロンドンが首都かと思っていた。で、何を注文したの?」
「アメリカンとビール」
「コーヒーとビールだけ?」
「アメリカンはコーヒーじゃないよ。200gもあるステーキだし、サラダやフリッツもついてくるからお腹いっぱいになると思うよ」
「ステーキか? 昨日は魚だったから今日は肉なのね」
「まあね」
と言っているうちに、ビールがでてきた。またもや女性スタッフだ。
「主人のフリッドは今日いないみたいだね。今のは娘さんだ。実は、主人のフリッドはゲイなんだよ。夜になると、この店はゲイの集会所になるんだって」
「だから、こんな変な飾りがついているんだ。でも、ゲイなのに娘さんがいるって、どういうこと?」
「最初の奥さんが女性だったからさ。今は離婚して男性といっしょに暮していると聞いたよ」
「娘さんえらいね。ゲイのお父さんを助けているなんて」
「ベルギーはゲイが公認だからね。公園で男性同士が抱き合ってキスしているのを見たことあるよ」
「うわー、キモい!」
とか言っているうちに、ステーキがでてきた。ステーキにしては、やわらかい。
「焼いていないステーキだよ。いわばユッケかな? 食べてごらん」
フォークに肉を乗せて食べると、甘味があっておいしかった。マヨネーズがあえてあって、まろやかさがある。フリッツも太くて柔らかかった。サラダは温野菜で、特にブロッコリーがおいしかった。
「マヨネーズマジックだね」
「アイちゃん、うまいこと言うね。今日はシャトーホテルに泊まるよ」
「お城のホテル? 素敵!」
自分がお姫さまになっている姿を想像してしまった。
ホテルに向かう途中で、彼は車を停めた。車から降りて、古いマンションを眺めている。私も降りて、そのマンションを見たが、さして変わった建物ではない。
「どうしたの?」
「うん、20年前にここに住んでいたんだよ。・・・子育てで大変だったけれど、今考えると一番よかったかもしれない」
しみじみと彼は言った。彼に家族のことを聞くと機嫌が悪くなるので、それ以上聞けなかった。10分ほどして、また車に乗った。
車は南へ向かっていた。1時間ほどで着いたのはナミュールという町だった。丘の上にあるシャトーホテルの駐車場に車は滑り込んだ。日本にある偽物のシャトーホテルとは違う。本物だ。時刻は夕方6時。でも、まだ外は明るい。夕食は7時なので、ホテルの周りを散歩してみた。テラス席があったり、ガーデンハウスがあったりと、雰囲気満載。部屋はお姫さまが使う天蓋のあるベッドかと思いきや、ふつうのツィンベッドだった。ちょっと不満顔をしていたら、
「どうした?」
と彼が聞いてきた。
「天蓋つきのダブルベッドかと思っていたのに・・・」
「フロントの人が親子だと思って、ツィンにしてくれたんじゃないかな? 予約が昨日だったからそういう部屋がなかったのかもしれない。それに、ここはホテル学校直営なので、学生が給仕をしたりするんだよ。失敗しても笑わないようにね」
「なんかおもしろそう」
7時になり、レストランに向かった。シャトーホテルなので、ちょっとだけおしゃれをして行った。彼もブレザー・ネクタイ着用だ。席につき、まずは食前酒。彼が
「シェリー酒を飲んでみない?」
と言ってきたので、それを頼んだ。お酒がくる前に、ディナーの選択。肉料理か魚料理。肉料理がチキンだというので、それに決定。
シェリー酒は、小さなグラスに入ってきた。ほんの一口サイズだ。ぐい飲みしたいところだが、オシャレなレストランではふさわしくないと思って、ゆっくり飲んだ。甘い飲み口だった。でも、すぐにのどがあたたかくなってきた。これはきく。飲み過ぎると酔ってしまうお酒だ。彼はにこやかな顔でゆっくり飲んでいる。人の表情を見て、喜んでいるかのようだった。
前菜が運ばれてきた。小さな皿にテリーヌ状のものと野菜がきれいにもってある。もってきたボーイさん(ギャルソン)は、20才ぐらいの若者だ。まさに学生という感じだった。皿を出す手つきがやや震えている。フランス語で説明していたが、私にはわからなかった。彼は、その後、そのボーイさんと二言三言会話をしていた。
「彼は、先週からギャルソンになったそうだよ。それまではルーム担当だったそうだ」
「学生さんだから、いろいろ経験するわけね」
私は、興味をそそられた。その後、サラダ・スープと続いた。皿にもられたものを持ってくるだけなので、無難にすんでいた。でも、隣の席でトラブル発生。メインのステーキをもりつける時に、鉄板プレートから皿にうつす時に、落としてしまったのである。そのお客は、いやみを言っていたようだが、教官らしき黒服のボーイさんが出てきて、謝っていた。
次は、私たちの番だった。カートの上に焼かれたチキンが運ばれてきた。それを切り分けて、ソースをかけるという最後の調理の段階を客の前で見せるというのが、このレストランのシステムらしい。ホテル学校らしいシステムだと思った。
さて、先ほどミスをしたギャルソンくんは、黒服の人に見守られながら、ナイフとフォークを使い始めた。お世辞にも上手とは言えない。でも、なんとかやり終えて
「Bon appetii (どうぞめしあがれ)」
と言って、下がろうとした。すると彼が、
「Merci bien . bon travail . 」
と言ったら、そのギャルソンはニコッと笑っていた。
「なんと言ったの?」
「単純に、ありがとう。いい仕事だったよ。と言ったんだよ」
彼のやさしさがにじむでる言葉だった。最後のデザートを持ってきたギャルソンの表情は明るかった。
気持ちよくレストランを出て、今日こそラブラブできるかと思いきや、部屋に入るなり、
「明日は、スイスまでロングドライヴだよ。それに目的地のツェルマットは車乗り入れ禁止だから、手前の町に車を停める。2泊分の着替えを私のボストンバッグに入れてから寝るんだよ」
と言い、シャワーを浴びにいき、その次に私がシャワーを出たら、もう寝ていた。
「もう!」
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