第4話 出発前 彼との出会い
トラベル小説
わたしの名はアイ。今の職業はスナックのホステス。この仕事を始めて3ケ月がたった。それまでの仕事はデート嬢だった。今回は、デート嬢からスナックにかわる際に出会ったある男性についての話である。
デート嬢になって3ケ月ぐらいたったころに、その男性は客としてやってきた。夜番のわたしは17時からが仕事。その時間帯に現れた。フリーではなく、HPの写真を見てくれて指名してくれたとのこと。HPの写真をごまかしているつもりはないが、3サイズは少なめにしているので、ポッチャリ型のわたしを見て、がっかりする客が今までに何人もいた。中には、口コミサイトに「アイは地雷」と書き込む客までいた。
その男性は、50才前後の小太りの紳士であった。本来ならば、こういうデートクラブに来るような客ではなく、高級クラブに行くような雰囲気の持ち主だった。
待ち合わせのレストランで、彼がそうそうに口にしたのは、
「あなたに会えて嬉しい。HPの写真を見て、あなたの目に惹かれました。写真のとおりの目で良かった」
食事の後に行ったホテルで、わたしの自然の姿を見ても
「ヨーロッパの彫刻を見ているようだ。ミロのヴィーナスの体型に似ているよ」
そんな誉め言葉はくすぐったい気になったが、半分嬉しくもあった。
その男性の仕草はいたってノーマルだった。私をだきしめる力も無理強いではなく、やさしかった。でも、フィニッシュまでにはいかなかった。
「やはり、だめだった」
「次は大丈夫よ。今日は初めて会った日だし、緊張していたんだよ。また会おうね」
彼は、今まで奥さん一途だったという。でも、奥さんが病気になり、奥さんとの交渉が自然となくなってしまったと言っていた。奥さんは療養所に入っているということだった。
今回出張で大阪に来た時に、HPで私の顔を見つけたということであった。どおりで関西人とは違う雰囲気をもっていると思った。また、若い時にヨーロッパでの駐在経験があるということも教えてくれた。仕事のことを聞いたらサービス業と答えた。そして、
「だれかのためにできる仕事はいいよ」
と言っていた。後で知ったことだが、公務員だった。
1週間の出張中、彼は3回来てくれた。3回目は懇親会を抜けてやってきてくれたとのこと。でも、とうとうフィニッシュまではいかなかった。息づかいがどんどん激しくなっていたが、いつも優しかった。
「アイちゃん、しばらく会えなくなるのはさびしいな」
「そんなこと言わずに、また来てよ」
「そうそう簡単にはこれないよ」
「新幹線なら2時間で来れるんじゃん」
「東京からならね」
「家は東京じゃないの?」
「東京から電車で2時間。そこから車で1時間。山のふもとのど田舎だよ。今はオンライン勤務なので、そこで仕事をしていることが多い」
「田舎人なのね。そう見えないけど・・・」
「前の職場の時は、都会にいたよ。今は別荘だったところに住んでいる。それまでは賃貸マンションだったからね」
「別荘! うらやましい」
「ふつうの平屋の一軒家だよ。海外勤務を終えて帰ってきた時に、荷物がいっぱいあったので、倉庫代わりに買った家だよ」
「荷物だらけなの?」
「そう、一部屋は段ボールだらけ。奥さんが病気療養中だから、いつまでも片付かない」
「そうなの? その家に一人暮らしなの?」
「いや、大学生の息子といっしょだ。男だらけで散らかっているよ」
「片づけに行ってあげようか」
と言ったら、少しの間があって、
「息子にアイちゃんをとられるかもしれないから遠慮しとくよ」
と答えた。その言い方がおかしくて、思わず笑ってしまったら、彼も笑った。
1ケ月後、私がデート嬢をやめようとしていた時に、また彼がやってきた。福岡への出張の帰りだという。あいかわらず、場にそぐわない服装である。
「会えてうれしい」
「私もだ。最近のアイちゃんの写メを見ていたら元気がないので、心配していたんだ」
「うん、何かね。このクラブやめようと思うんだ」
「どおりで、そんな気はしていたんだ。で、次はどうするの?」
「うん、知り合いがスナックのママをしているので、そこで働こうと思う」
「そうか」
「でも、今日はあなたが来てくれたから、すごくうれしい」
と言って抱きついたら、抱きしめてくれた。でも、それ以上にはすすまなかった。
「アイちゃん、ごめん。今日も無理みたいだ」
「そういう時もあるよ。あまり気にしないで」
体をふいて、服を着始めた彼に、私は携帯の番号を書いたメモ用紙を渡した。
「これ、私の連絡先。今度、大阪に来た時連絡して」
「いいのかい? お店から苦情くるんじゃないの?」
「もうやめるからいいの」
「じゃあ、私の番号も教えておく」
と言って、別のメモ用紙に書いてくれた。これでデート嬢とお客の関係でなくなった。
1ケ月たって、彼から連絡があった。今から2ケ月前のことである。大阪に来るとのこと。そこで、私の新しいお店を教えた。彼はいつものように場にそぐわない服装だった。店が終わってから二人でホテルへ行った。二人で歩いていると、まるで親子だ。私が近づいていくと、彼は恥ずかしがって少し離れる。ホテル街ではおかしいカップルだ。部屋に入って、服を脱ごうとすると、
「アイちゃん、今日はそのために来たわけじゃない」
「エッ? そうなの」
私は、彼が別れを言いに来たのかと思った。
「実は・・・いっしょに旅に行かないか?」
「旅って? どこへ?」
「ヨーロッパ」
「わぁ、素敵! でも奥さんと行くんじゃ?」
「前はそういう計画だった。でも、もう無理だ。今は介護付きの施設に入っている。私が会いに行っても、私とはわからない。認知症だ」
「ふーん、大変なんだね」
「どうする?」
「・・・・うーん、行ってもいいよ」
「よし、そうでなくちゃ」
と言いながら、私のタブレットで飛行機の予約をしてくれた。1ケ月後の成田発、モスクワ経由パリ行きのビジネスクラスだ。帰りは、その2週間後、支払いは彼のカードでできたが、パスポートを持っていない私は仮予約の状態。すぐにパスポートを取得し、航空会社に連絡しなければならなかった。
翌日、実家がある区役所へ行って戸籍謄本をとった。初めてのことなので、案内の人に聞きまくった。そして、パスポート用の写真を撮ってパスポートセンターへ。ここで書き間違えて、2枚書いた。なんでこういう書類ってややこしいんだろう! といつも思う。
2週間後に、パスポートを受け取った時には、まるで宝物をもらったような気がした。彼も喜んでくれた。
そして、出発前日に成田のホテルで待ち合わせをして、今いっしょに旅をしている。
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