第10話 ついに当日

いよいよ当日。本日も土曜日。


俺たちは午前中に公園で待ち合わせをして、ひまりと共に森山邸に向かう。


作戦と言っても、普通にひまりと門の前まで行って、守衛さんに通してもらい、ひまりパパに取り次いでもらうという、それだけの話なのだが。


あとは無事にプレゼントが渡せたら、ひまりの気持ちを俺たちからも少しでも親父さんに伝えられたらいいな、とは思っている。


「ひまり、口数が少ないけど、緊張しているのか?自分ちなのに?」

「う、うん。ちょっとだけ!……お兄ちゃんたちがいるから、大丈夫かなとは思っているんだけど」

「俺たちがいるから?いないとパパは怖かったりするのか?」


今まで考えなかったけど、虐待とかないんだろうな?!


「ち、ちがうの!そうじゃなくてね、あの……」


珍しくひまりの歯切れが悪い。


「まあまあ、兄ちゃん、きっとケンカしてるから心配してるだけだって!ね?ひまりちゃん」

「パパは優しいって言ってたもんな?」

「……うん」


双子の言葉に、ほっとした顔で頷くひまり。何となく釈然としないけど、これ以上踏み込むべきじゃなさそうか。


「……だったらいいんだ。行くぞ」

「うん!」





そして到着した森山邸。


間近で見ると、これは……。


「壮観と言いますか、荘厳と言いますか……」

「近くで見ると、本当にすごいな、ひまりんち」


優真翔真の言葉に、心の中で大きく頷く。

今までは遠くから見て、大きいお屋敷があるな~くらいの認識だったが。

遠くから見ても大きいのだから、これだけ近づけば威圧感が半端ないのは当然だわな。と、今さら気づく。


正直、ちょっと逃げ出したいが、そんな訳にもいかない。


門は開いているが、守衛さんの部屋を通る形だ。


ちょっと深呼吸をして、落ち着いてから……。


「……今日は、ここまで来れた……やっぱりお兄ちゃんたちが……」


ひまりがブツブツと一人言を言いながら、敷地に足を踏み入れる。まだ心の準備が!とも言えず、慌てて後を追う。


「ひまり!ちょっと待って。一人で何を言って……」


ひまりの腕を掴んだその時。


「こんにちは。君たち、この家に何か用なのかな?」


敷地内に一歩入った俺たちに、穏やかだけど明らかに警戒した口調で守衛さんが話かけてきた。


「……関じい」


ひまりが守衛さんを見上げて呟く。関じいってことは、関さんでいいのかな?


その関さんと言えば、なぜかひまりには目もくれず、俺たちをじっと見ている。


「あの、関さん、でよろしいのでしょうか?」


このまま黙っているわけにもいかないので、意を決して口を開く。


「なぜ、私の名を?」


どうやら名前は関さんでいいらしい。けど、彼の警戒心が上がった気がする。なぜだ?


「僕たち、ひまりちゃんの友達です!正しくはひまりちゃんの友達の兄です?」

「……お嬢様の?」


優真の物怖じしない物言いのせいなのか、関さんの眉がますますつり上がる。


「おい、ややこしい言い方をするな。川村一樹といいます。こっちは弟の優真に翔真です。俺……僕たちの妹と、ひまりちゃんが仲良くしてくれていて。今日はひまりちゃんにお願いされて、一緒に参りました」


「…………」


俺は精一杯、丁寧に説明したつもりだったが、関さんの表情はますます難しいものになっていく。


「な、なにかまずかったかな?」

「えぇ?だってこれ以上の説明はなくない?」

「ひまりを誑かしたとか思われているのかな?」


この雰囲気に耐えられず、三人でコソコソ話す。まさか第一段階でこんなに難航するとは。こんなに厳しいなら、話していて欲しかったぞ、ひまり!


「ひまり、どうする?俺たち入るの難しそうだ。せっかくプレゼント作ったし、一人で頑張るか?」

「一樹お兄ちゃん……」


ひまりが泣きそうな顔をしている。やっぱり一人は不安なのか。一緒に行ってやりたいけど。


「なるほど、分かった、新手の詐欺か何かだな!お前たち!!」

「「「えっ?!」」」

「私の名と、お嬢様の名まで調べたのは褒めてあげよう!だが、ちぃと甘かったな、お嬢様は……!」


関さんが、俺に掴みかかろうとする。

何だ?なぜだ?詐欺って?


様々な疑問が、一瞬の間に次々と浮かんでくる。

お嬢様は……?どういうことだ?


目の前にいるのに。


呆然としていると、俺を掴もうとしていた関さんの動きが止まる。


えっ、と思って見上げると、ひまりが関さんを後ろから羽交い締めにしていた。


「何だ?動けん!」

「お兄ちゃんたち、行って!パパは東の花壇辺りにいると思う!お願い!」

「ひまり?何を……」

「行って!お願い!わたしも後から行くから!お兄ちゃんたちがいれば、きっと……!パパに会って……!」


ひまりの必死のお願いに、自然と頷いた。


「分かった。後から必ず来いよ」

「うん!」


本当にあり得ない状況だ。混乱している頭でいろいろ考える。そもそも、小さな女の子が大人の男を羽交い締めにできるのだっておかしい。


けれど。


俺たちにはちゃんと、ひまりが見える。そこにいる。三人で顔を見合わせて、頷く。


「すみません、関さん、行かせていただきます」

「ごめんなさい!ひまりちゃんのお願いなんだ、関じい!」

「こら、お前まで関じい言うな。失礼だぞ」

「え……」


俺たちの言葉に関さんが目を見開いていたことにも気づかず、言い訳しながらそそくさとその場を後にする。目指すは東の花壇だ。



「……関じい……ひまりお嬢様?本当にこちらに?」


優しい風と共にひまりの笑顔を見た関さんが泣き崩れた事も知らずに。なぜか道が分かる俺たちは、そこに向かってひたすら走った。


その道を、ひまりが歩いて来られるように。


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