第7話 良かった

ひまりからのお願い。

子どものかわいいお願い事だ。聞いてやりたいのも山々だけど。


「うーん、何とかしてやりたいけど、俺らが急に話に行くのも難しくないか?余計拗れるんじゃ……」


いくら妹が友だちだとはいえ、その兄貴がしゃしゃってもなあ。


「だ、だいじょうぶだよ!パパはちょっと人がニガテで、こわい顔してるだけだから!」


「……全く安心材料じゃないよ?ひまりちゃんや」


「でもね!ちゃんとやさしいのよ!」


「ひまり……」


「みんな……パパをこわがるのよ。パパもいつもムスッとしてるから、ダメなんだけど……笑ってほしいの……」


ひまりは必死に訴えた後、しゅんとして下を向いてしまう。そんな顔を見たら、普通に心が痛む。


「このままじゃ、パパはずっと一人なの……」


ずっと一人?そうだ、奥さんを亡くされているんだよな。でもケンカしてるとはいえ、かわいい娘がいてくれるのに?そんなに思い詰める程のケンカをしたのか?


「そしたら、ますます俺らの手には負えないんじゃ……」


「いいじゃん、兄ちゃん、一緒に謝ればいいんだろ?いてやろうよ!」


俺がぶつぶつ言っていると、優真が横から口を挟んできた。


「優真、お前そんな簡単に……」


「兄ちゃんはいつも考え過ぎなんだよ!何とかなるって!かわいいひまりのお願いだもんな?」


「翔真まで……考え過ぎって何だよ、ちゃんと考えないと、後からいろいろな……」


「はいはい!大丈夫、大丈夫!僕たちは手伝うよ、ひまりちゃん」

「うん、一緒に行こう、ひまり」

「いいの?!優兄ちゃん、翔兄ちゃん、ありがとう!!」


ひまりがパアッと花が咲いたように笑う。

そして三人で俺の方を見やる。


はあ……。乗りかかった船か。


「分かった、二人だけじゃ不安だし、俺も協力するよ」


「!ありがとう!一樹お兄ちゃん!」


ひまりは更に嬉しそうに言って、俺に抱きついてきた。本当に妹が増えたと改めて感じる。


ここは兄ちゃん達が一肌脱ぎますか。


……うん、一瞬でも盗みに入ろうとした贖罪も兼ねて。親父さんも、本心では早く仲直りしたいだろうしな。


「じゃあ、詳しいことは明日決めようか。ひまり、お手伝いさんが待ってるだろ?」


「あっ、そうだった!」


明日は土曜日だ。この何日かはバイトを休ませてもらっていたが、明日はさすがに行かないとだよな。で、病院も行って。


「3時くらいに公園に来れるか?」


「うん!」


「優真翔真は……」


「僕たちも大丈夫だよー。明日は午前練だけだから」


「よし、決まりだな。じゃあまた明日だな、ひまり」


「うん!ありがとうお兄ちゃんたち!またね!」


ひまりが足取り軽く去っていく。

三人でその後ろ姿を見守っていると、ひまりは途中で振り返り、俺たちに手を振る。


そんな姿を見て、俺は改めて思う。


ーーー良かった、ひまりを傷つけるようなことをしないで済んで。


まだまだうちの問題が解決した訳じゃないけれど。


これから先が不安で仕方ないけれど、それでも、だ。


「良かった」


ひまりに手を振り返しながら、一人言る。


あの笑顔を曇らせずに済んで、本当に良かった。


「?兄ちゃん、何か言った?」

「いや」


そして、この優しい弟妹にも、迷惑をかけずに済んで良かった。


ーーー本当に、本当に良かった。


「俺たちも帰るか」


気づけて、良かった。



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